恋する彼女の裏表-2/3-






***

得意先訪問だけであれば日帰りでも充分にこなせるであろう内容なのに1泊2日と言うスケジュールが組まれていたのにはこう言う理由があったと言うことか。
接待と称して用意されていた酒席で、いつものように次々グラスに酒を注がれながらフリオニールはひとつ溜め息をついた。
空港でレンタカーを借りて車での移動をしているため運転手であるライトニングは相変わらず一滴たりとも酒を口にすることはない―そうなると、自然自分の酒量が増えるのも仕方のないこと。
社内での飲み会も常にこんな状況なのに、社外での飲み会ですら同じことを繰り返す羽目になるのがなんとも空しいと言えば虚しい。勿論、フリオニールだって酒が嫌いと言うわけではないのだが流石に限度と言うものがある―

「あまり飲ませすぎて明日に障っても問題があるのでその辺で止めておいてはいただけないでしょうか。部下にあまりみっともないことをされると私の立場がありませんので」

助け舟を出したライトニング―だがその言葉は助け舟と呼ぶにはあまりにも厳しい。いかにも彼女らしいと言えばそうなのかもしれないが。
しかしライトニングのその一言で納得したのだろう、だんだんとフリオニールに勧められる酒量も減り、時間も遅くなった為か未だフリオニールの意識がはっきりとしている状態で酒宴は幕を閉じた。

「それでは、今後ともよろしくお願いします…ほら、お前もちゃんと挨拶しないか」
「……よろしく、おねがいします」

意識こそ保っているとは言え相当量の酒を飲まされたフリオニールの呂律は若干怪しい。隣のライトニングがそれに呆れているのも仕方のないことなのかもしれなかった。
客先を見送ってから押し込まれるように車の助手席に乗せられ、すぐにライトニングが運転席に乗り込んでくる―シートベルトを締めたライトニングの表情は、やはりはっきりとした呆れを滲ませていた。

「お前は飲み会となるといつもそうだ」
「ライトが飲めないんだから仕方ないだろ…」

フリオニールの反論の言葉に苦笑いを浮かべながらライトニングはキーを回し、アクセルを踏み込む。
部下と言う立場を忘れて声をかけていることをとがめることもしないのは―フリオニールが彼女にとっては「ただの部下ではない」、から。

「それも見越して明日の帰社時間を夕方に設定しておいたと言うのもあるがな」

手慣れた様子でカーナビを操作しながら、夜の街を車が走り出す。
運転に集中しているのか自分の方を見ることもしないライトニングの横顔からいつもの厳しさが消えたように感じるのはフリオニールの気のせいではない。だって、フリオニールは…彼女のこの表情を「知っている」、から。

「お前に私のためにそこまで無理をさせたくないんだ、本当は」
「それは上司としてですか、課長」
「…聞かなくても分かるだろう、恋人として…だ」

このやり取りはもはやふたりの間には定番となっている、そんな気がする。
仕事をしている間は上司と部下。だが仕事の場を離れれば恋人同士―誰にも秘密の関係が始まったのもこんな風に、車を運転する為酒が飲めなかったライトニングの代わりに自分がしたたかに酔っていたあの夜からだった―

「それにしても、計算が狂った」
「計算が狂ったって?」
「お前がそこまで酔っていなければホテルに戻ってから改めてふたりで飲みなおそうと思っていたんだが…お前にこれ以上飲ませるわけには行かないだろう」

不服そうに呟くライトニングが見せる「女」の顔。それは、開発課内でも仕事一筋で冷たいと揶揄されるライトニングの誰も知らない―否、フリオニールしか知らない一面。
それを知っていることが無性に誇らしく、そして嬉しい。

「ライトが飲みたいなら付き合うよ。俺はもうソフトドリンクにしとくけど」
「別に酒が飲みたいわけではないんだがな。とりあえずお前はそれ以上酒を飲むんじゃない、これは上司命令だ」

恋人としての会話にもこうして当たり前のように上司命令を織り込んでくる彼女はもしかしなくても相当に身勝手なのかもしれない。
だがそんなところまで込みでのライトニングを愛しいと思ってしまうのだから自分も始末に終えない―対向車のヘッドライトに照らされ、流れる光を受けるライトニングの横顔を見つめる自分の表情はどれほどやに下がったものだろう…頭が痛むのはそんなことを想像してしまったが故か、それとも流石に飲みすぎたか。

「なんだ、拗ねているのか」
「そう言うわけじゃないけど」

運転に集中しているライトニングはきっとその沈黙の意味を誤解したのだろう、からかうようにそんな言葉を投げかけてくる。
もしもこれが仕事の場であれば、ライトニングの言葉に対して沈黙を返すようなことがあればお前は話を聞いているのかと説教のひとつも始まりそうなもの。それを、こうして笑顔を浮かべながらからかい混じりの言葉を放つ今の彼女―きっと、誰に言っても信じてくれないだろうけれどそれはフリオニールにとってはとても大切なもの。
他の人間から見れば冷たいようにも感じられるライトニングが心の裡に秘めたままの優しさ、穏やかさ―それを、自分には秘めることなく曝け出している。横顔を見ているとそんなことを改めて実感させられるのは何故なのだろうか―


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