しあわせのかたち-3/4-






***


鍵が開けられる音と、扉が軋む音。そして、慌しく響き渡る足音―ずっと待っていたその音に、スープの味見をしていたライトニングの表情には笑みが浮かぶ。
メインディッシュのハンバーグはフライパンで綺麗な焼き色をつけ、食欲をそそる匂いを漂わせている。オーブンに入れたドリアもきっともうそろそろ焼きあがる。独りであればこんなメニューはきっと選ばないのであろう、相応に手の込んだメニューは全て食欲旺盛なフリオニールを喜ばせる為のもの。
そして、ライトニングの思うとおり…玄関からダイニングへ続く扉を開けたフリオニールの表情には満面の笑顔。

「ただいま!…なんか凄い美味そうな匂いがする」
「ああ、自分で言うのもなんだが今日は良く出来たと思っている―もうすぐ出来上がるからもう少し待っていろ」

殊更「今日は」と強調したのは自分があまり料理が得意ではないことをライトニングも自覚している。自分ひとりなら多少失敗しても気にすることもないのだがそこはそれ。フリオニールに下手なものを食べさせるわけには行かないという…いわばそれは、ライトニングの側の意地なのかもしれなかった。
そんなことを考えているライトニングの言葉に笑みを崩すことなく頷いたフリオニールの無邪気なその仕草を見ているだけで湧き上がるあたたかな感情―それが愛しさなのだと改めて思い知り、ライトニングの表情にも笑みが浮かんでいた。
フライパンの上のハンバーグを皿に移し、かき回していた鍋の中身はスープ皿へ。それと時を同じくして鳴り響くアラーム音に、オーブンの扉を開ければ狐色に色づいたドリアがライトニングの目の前に現れた。

「…よし、出来たな…フリオニール、下に敷く皿を持ってきてくれないか」

ライトニングがそう言って振り返ったときにはもうフリオニールは皿を持ってライトニングの背後に立っていて、その周到ぶりに思わず噴きだしてしまう。釣られたのかフリオニールも照れ笑いを浮かべ、そこに流れる穏やかな空気がふたりの心にささやかながら幸せを植えつける―

「…笑うなよ」
「お前だって笑ってるじゃないか」

軽口を叩きあいながら、フリオニールが手にした皿に焼き上がったドリアを乗せる。フリオニールがそれをテーブルに運んだのを確かめてから、ライトニングもまたハンバーグと付け合せのサラダを乗せた皿をテーブルの上へと乗せた。

「作りすぎたかもしれないな」
「大丈夫、全部俺の好物ばっかりだし俺今物凄く腹減ってるし…ライトが作ったものを残したりできないし」

嬉しそうに笑うフリオニールはまるで子供のように見える。そんなフリオニールの笑顔が自分に大きな幸せをもたらしているのだと、ライトニングは改めて思い知らされていた。


***


ライトニングの手料理をテーブルに並べ、ふたりだけのディナータイムが始まる。
最近すれ違いが続いていたせいか、ただ目の前にライトニングがいるというだけでも楽しい気分になれる―目の前には、ライトニングが腕を振るった料理があるのだから余計に。

「そう言えばこの前、取引先からバイク便で書類を送ったと連絡が来たので届くのを待っていたらバイク便のライダーがクラウドで驚いた」
「あぁ、クラウド相変わらず学校殆ど来ないでバイトばっかしてるから。また留年したらどうするんだってみんなから心配はされてるけど」
「一番心配しているのはティファだろうがな」

そんな些細な会話でも、それがライトニングとの心の距離をより縮めているような…そんな気がする。
ずっと高嶺の花だと思っていたライトニングが、今はこうしてフリオニールの目の前で日常を送っている。手の届かない存在だと思っていたライトニングが今、自分の「日常」としてすぐそばにいる―
そんな些細な幸せに感謝しながら、フリオニールはフォークで切り分けたハンバーグの最後の一切れを口の中に放り込んでいた。

「ん、やっぱ美味い」
「言っただろう?今日は良く出来たと…もうお前に『あんなもの』を食べさせるのは嫌だからな」

あんなもの、とは一緒に暮らし始めた頃にライトニングが作った、外側は真っ黒に焦げているのに何故か中の方は肉の赤みが残った奇妙なハンバーグのことを指しているのだろう。
それを思い出し、つい声を立てて笑う。その瞬間にライトニングが見せる拗ねたような表情は普段冷静な彼女らしくないもの―そんな表情を彼女が見せる相手がこの世界にどのくらいいるのかはフリオニールには分からないが、きっとさほど多いというわけではないだろう。
その中のひとりに自分が含まれているということもまた、フリオニールにとっては幸せなことなのかもしれない。

「…何を考えていた?」

不意に真剣な表情に戻ったライトニングのその言葉に、フリオニールはなんでもないと首を振りかけて―思い直したように口を開く。
隠すほどのことでもない。今のライトニングが自分に自然な姿を見せているのだから―気取る必要など、どこにもない。

「ライトが近くにいてくれて、ライトと一緒に毎日を過ごせることが幸せだなぁって」
「…何を今更」

わざとそっけなくされたようにも聞こえる言葉を残してライトニングは立ち上がる。気付けば彼女の前に置かれた皿も既に空になっていて、その皿をフリオニールの目の前の皿と重ねてキッチンへと運んでいく―
手伝おうと伸ばしたフリオニールの手は虚しく空を切る。すばやく食器をシンクへと運んだライトニングはそのまま一瞬手を止め、フリオニールのほうを見ないまま呟くように問いかけてきた。

「明日はバイトなのか?」
「いや、明日は休み。マスターが実家に帰省するとかなんとかで店自体が休みだから」
「…なら良かった。たまには飲むか」

振り返ったライトニングの表情に浮かぶ微笑み、そして右手にはグラス―きっと最初からそのつもりだったのだと、グラスを見て気付いた。
断る理由なんてそこには存在しない。頷いたフリオニールの表情にはきっと、自分では見えないけれど―満面の笑みが浮かんでいたことだろう。


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