しあわせのかたち-1/4-






カーテンの隙間から差し込む光とけたたましく鳴り響くアラームの音が、小さな部屋に朝の訪れを告げる。
ライトニングはゆっくりと目を開けると手をベッドサイドへと伸ばした。掌にかちりとかすかな感触を感じ、それと共に止まるアラームの音。
音が止んでも寝なおす気には到底なれず、視線だけを動かす―隣には、自分を抱きしめたままアラームの音にも気付かずに眠り続ける年下の恋人の姿があった。
起きろ、と身体を揺すってみても、言葉になっていない寝言が返って来るだけ―そう言えばレポートの提出期限が近いと言って昨日は随分遅くまでPCと向かい合っていた。
無理に起こすのも良くないかと思い直し、抱きしめる腕を解いてライトニングは身体を起こしてベッドから抜け出した。
ベッドサイドに並ぶ揃いのスリッパはこの部屋に引っ越してきた時に買ったもの。こんなものを使うなんてなんだか恥ずかしいな、なんて呟いてはにかんだ笑顔を思い出し、ライトニングの表情にも無意識のうちに笑みが浮かんでいた―

一緒に暮らそうと提案したのはライトニングだった。
2月も終わりに近い頃、就職活動が始まるとアルバイトに時間を割けなくなるので節約しないとなんてぼやいていたフリオニールを呼び出して部屋探しに同行させた。
何も言わずに不動産屋へ行って、店員にふたりで住む部屋を探していると伝えた時の隣のフリオニールの驚いたような表情は今思い出してもなかなかに笑えるものではある―なんて、ライトニングの勤める会社とフリオニールの通う大学の丁度中間辺りにあるこの部屋に住むことを決めた日のことを思い返していた。
―本心を言えば、学生であるフリオニールと社会人である自分では生活時間帯が違いすぎて会うこともままならなくて寂しかった…なんてことはきっと、これからも口にすることはないのだろうけれど。

思い出に浸る余裕などないと思い直してダイニングへ向かい、冷蔵庫を開ける。
そこにはラップをかけられ、その上にメモを張りつけられたサラダボウル。メモにはフリオニールの字で「野菜ジュースで済ませるんじゃなくてちゃんと生野菜も食べること」なんて書き残されていたりして…

「私は子供じゃないんだぞ」

苦笑いを浮かべながらもタッパーとサラダボウルを取り出してラップを剥がす。見た目にもきちんと気を配られたサラダはきっと、ライトニングが眠った後に作られたものなのだろう。
確かに仕事が忙しい時期になれば市販のサンドイッチと野菜ジュースで食事を済ませてしまうことも多々あるが…実際、フリオニールが眠っている間に出勤しなければならない今の時期も相当に仕事は忙しいのだがそれでもきちんと食事が取れているのはフリオニールが自分の分もきちんと3食分食事を用意してくれているからだというのは否定できない。
今日だって、サラダボウルの隣には恐らくこれも寝る前に作ったのであろう弁当箱が2つ並んでいたりもしたし。
本人にだって就職活動も単位もバイトもあるのに、仕事に集中するとそれ以外のことが疎かになりがちな自分をサポートしようとしてくれるフリオニールの優しさに心の中だけで感謝の言葉を告げてライトニングはトースターを開け、パンを1枚放り込んだ。
あまりのんびりしている時間はない。今日も早朝から会議が入っているし、午後からは上司の得意先訪問に同行しなければならないのだから。
そこからはバタバタと朝食、それに洗顔などを済ませて出勤の準備をする。部屋を出際に寝室を覗くとフリオニールはまだぐっすりと眠っているようだった―起こさないようにそっと部屋を出るのは、フリオニールが自分へ向けてくれる優しさに届かないまでもほんの少しでも優しさを返さなければならないと思えていたから。

***

フリオニールが目を覚ますと、既にライトニングの姿はない。
よほどのことがない限りライトニングの方が朝は早いのでそんな日常にも慣れた物―
ベッドサイドに置きっぱなしの目覚まし時計を手に取ると、もうすぐ正午を迎えようかと言う時間―今日の講義は午後に1枠あるだけとは言え、流石に寝すぎたのではないだろうか。
そんなことを考えながら身体を起こす。よくよく考えてみれば、ここ最近ライトニングが忙しいこともあってかあまりふたりで過ごす時間を取れていない気もする。
昨晩だって、ライトニングが帰って来るのは終電間際だと聞いて先に夕食を済ませてしまったしそれからはずっとレポートのためにPCに向かい合っていた。もう寝る、なんて言いに来たライトニングにおやすみと言葉を返したくらいしか碌な会話をしていない気もする。
だが、冷蔵庫の中に入れておいたサラダと弁当箱がなくなっているのを見るにライトニングはその存在に気付いてくれたらしく―すれ違いの中でもこうして、彼女のために出来ることがあるのだと言うことを実感してフリオニールは笑みを浮かべていた。
そもそも、自分は学生・ライトニングは社会人なのだ。経済的な面では自分も知らず知らずのうちにライトニングに頼ってしまっている部分がないとは言えずそれを心苦しく思っているが故に、ライトニングにとって自分の存在が助けになっていると…自己満足でも思える状況がほんの少し嬉しく、誇らしくもあった。
そんなことを考えながらリビングで充電したままだった携帯電話を手に取る―「新着メール1件」の表示に携帯電話を開くと、送信者は―ライトニング。
 “今日は少しは早く帰れそうだから私が夕食を作る。お前も早く帰ってきてくれると嬉しいんだが強制はしない”

「…強制しないって、こんなこと言われて早く帰らないわけにはいかないだろ」

小さなディスプレイを見つめる自分の表情が穏やかな笑顔だったことにフリオニール自身は気付いていない。
その笑顔を崩すことなく、慣れた手つきでメールを返信する。今日は講義の後にアルバイトが入ってはいるが、それでも夕食の時間には間に合うだろう。
それに明日は土曜日―講義はないしライトニングの仕事も休み。レポートもある程度は進んでいるので今日はゆっくりとライトニングと過ごせるだろうと考えながら、フリオニールは携帯をテーブルに置いた。


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