さくら、咲いたら-2/3-






***

その日から毎日、ライトニングはフリオニールがアルバイトを終えて帰って来るのを彼の部屋の前で待っている。
そして、そのまま彼女を部屋に迎え入れて勉強を見てもらい、区切りがついたらライトニングは自分の部屋に帰っていきフリオニールもそのまま眠りに着く――そんな日々が続いていた。

「……ここでさっき出てきた遺伝の確率の公式を当てはめる。そうすると……答えは見えてくるだろう?」
「つまり、色を決定付ける遺伝子が劣性しかなかったらこの環境には適合しないから白い花は咲かない。だから赤い花が咲く確率は大体1/3、33.3%……」
「そう言うことだ。お前は飲み込みが早くて助かる」

参考書をぱたりと閉じながらライトニングは頷き、フリオニールに視線を送る。
フリオニールは自分に向けられた視線がなんだか照れくさくて目を反らしながらも笑みを浮かべ、頬を掻いて言葉を紡ぐ。

「ライトの教え方が上手いんだよ。お陰で成績も上がったし」
「教え方がよかろうが悪かろうが教えられる方の飲み込みが悪ければそう簡単に成績は上がらない……お前はもうちょっと、自分に自信を持った方がいい」

ライトニングの手が肩に置かれ、反らしていた顔を彼女の方に向ける。注がれていた視線はとても優しく、そしてどこか誇らしげにも見えていた――その理由までは、フリオニールには分からなかったけれど。

「そうだとしても、ライトが勉強を教えてくれるって言ってくれなかったらここまで成績は上がらなかったかも。こないだの校内模試でも、この成績なら志望校落とす必要はないだろうって言われたし」

言葉と共に、机の脇の鞄から校内模試の後に渡された成績表を取り出す。
自分でも驚いたほどの好成績をどうしてもライトニングに見せたかったのだがなかなか言い出すタイミングがつかめず、結果として鞄に入れっぱなしになっていたのだが…いいタイミングで思い出すことが出来たと心の中だけで自賛しながらライトニングに向けて差し出した。
差し出された方のライトニングも素直に受け取ると隅から隅へと目を通し――やがて、一箇所で視線を止めて驚いたように目を見開いた。

「第一志望、うちの大学だったのか」
「……え、そうだったんだ……」

言われてみれば自分はライトニングが大学生だということしか知らなかったのだ。
その彼女が通っているのがまさか他でもない自分の志望校だとは思いも寄らなかった……そんな驚きが言葉にならないまま表情に浮かび、それを見ていたライトニングは逆に僅かに表情を和らげていた。

「そうか、つまり現役で合格すれば1年だけだが同じ学校に通うことになるんだな……ならば尚更現役で合格してもらわないとな」
「プレッシャーかけるなよ」

その時は笑顔を浮かべたままのライトニングの口から出た冗談に笑いを返し、そのまま今日はここまでと帰っていくライトニングを見送ったフリオニールではあった、が……
ライトニングが帰った後に、彼女の呟いた冗談の意味にふと思い至る。

「現役で合格したら1年だけだけど同じ学校に通う、だから現役で合格しないと……って、それ……」

その言葉の意味に、急に顔が熱くなる――遠回しに、同じ大学に通いたいと言われたのだと気付くとつい、その言葉の意味を深読みしてしまいたくもなる。
きっとライトニングはそこまで深く考えているわけではない。所詮ただの冗談なのだから。自分に言い聞かせるようにそう心の中で繰り返しながらも、どうしても……ライトニングの、笑顔と共に呟かれた言葉が頭から離れず――その日のフリオニールはなかなか寝付くことができないままだった。

***

その頃からだろうか……すぐ近くで勉強を教えてくれるライトニングの存在を妙に意識してしまって、違う意味で勉強が手につかなくなってきたのは。
ただ、彼女は否定するもののやはり教え方が上手いということもあるのか成績が下がったりするようなことはない。
相変わらずライトニングの指導は的確で、学ぶべき内容はすんなりと頭に入ってくる。ただ、どうしても気が散ってしまうことがある――

「ほら、何をぼんやりしているんだ。来週にはセンター試験なんだぞ、分かってるのか」

手にしたシャープペンシルでとんとんと問題集のページを叩かれ、フリオニールは慌てたようにそちらに向きなおす。
少し呆れたように見えるライトニングの表情に申し訳なさそうに頭を垂れ、再び問題集と向き合った――手は動かしながらも、横目でちらりとだけライトニングの方を見る。
整った顔立ち、スレンダーではあるものの女性らしい体つき。考えてみれば、女性とこんなに近い距離で接したことなど今までになかった気がする――そう考えるとなんだか余計に意識してしまって、それでもまた注意されるのも嫌で手と視線は問題集と向き合っている。
ライトニングの言う通り、センター試験が迫っている。志望校には足切りの制度があるので、センター試験である程度の成績を収めておかなくては二次試験の受験すらできなくなってしまう。頭では分かっているのに、なんだかモヤモヤとしたものが心の中に留まっていてどうしてもそれが振り払えない……
ちらりと横目で見たライトニングの表情はどこか険しくも見えた。その理由は単純なことで、きっと自分が集中できていないのが彼女の目で見て分かる程度にはなっているということなのだろう。

「……やる気はあるのか」
「そりゃ、あるよ。前までなら1年くらい浪人してもいいかなって思ってたけど……今は絶対現役で合格しなきゃって思ってる。でも」

自分の中に蟠るモヤモヤとした感情の正体にくらい、フリオニールはとっくに気付いている。
だがそれを口にしてしまうことがとてつもなく大それたことのように思えてどうしても口には出来ない。隣に住んでいるというだけでここまでの厚意を向けてくれているだけのライトニングが、本来ならば自分には遠い存在なんだと言うことを思い知らされるだけのような気がして――
ただ、その想いをとどめておくのはもう……限界に近い。
フリオニールは無意識のうちに、机の上に置かれていたライトニングの手にその手を重ねていた。


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