さくら、咲いたら-1/3-






昔ながらの住宅街、お世辞にも新しいとも綺麗とも言えない建物が立ち並ぶ街の片隅にその建物はあった。
木造2階建て、辛うじて男女には分かれているものの風呂は共用。キッチンと六畳の部屋、それとトイレしかない部屋を格安の家賃で貸している……そんな集合住宅。
如何せん家賃が安く、またあたりに学校が多いこともあって学生が数多く住まうこの「秩序荘」の一室に、フリオニールは居を構えていた。

幼くして家族を亡くし、高校入学と同時に一人暮らしを始めた彼。アルバイトと学業の両立は別に苦にもならなかったが、流石に大学受験を控えている今はそんなことも言ってはいられない。
学費は奨学金でどうにかなっているとは言え生活費だけは自分で稼がなければならないのでアルバイトをやめるわけにもいかず、だがそうなると受験勉強に取れる時間がない。
同級生たちのように予備校に通うような余裕があるわけもなく、学校が終わればアルバイト、それが終わって帰宅してから眠りに着くまでの短時間を勉強の時間に充てる――それを毎日繰り返していては、どうしても疲れも溜まるし勉強の能率も下がる。
模試の成績もあまり思わしくなく、どうしてもフリオニールの中には苛立ちが溜まりがちではあった。
高校を卒業してすぐに働くという選択肢がなかったわけではない。だが――どうしてもやりたいことがある、それを職業に出来たらと思うことがある。だからフリオニールはどうしても大学進学を諦めることは出来ない。
机の上に置いたままの問題集と参考書、筆記用具にちらりと視線を送った彼はなんとか机に向かいかけて……机の前に座るだけで襲ってくる睡魔に頭を抱えていた。

「こんなんで、俺ほんとに大学行けるのかな」

気弱な呟きだけを残して、フリオニールは眠りへと誘われていく。机に突っ伏したままなされた、寝言にも似た呟きは誰にも聞かれないまま夜の闇に掻き消えた――
はずだと思っていたのは、どうやらフリオニールだけだったらしい。


翌日。
アルバイトから帰ったフリオニールは、丁度自分の部屋の前に腕を組んだまま立っている女性の姿を見て軽く眉根を寄せた。
立っていたのは隣の部屋の住人、ライトニング。生活時間帯が合わないのか頻繁に顔を合わせることはなかったが如何せん隣の部屋に住んでいるのだ、何度か挨拶や世間話程度の会話を交わしたことはある。
この集合住宅の大家――誰も名前を知らないし本人も名乗らないので「大家さん」としか呼べないが――が、彼女は大学生だと言っていたことがあった。
自分に身寄りがないと言うことを話したときに、彼女にも身寄りと呼べるものは故郷に残してきた妹だけだと言うようなことを話してくれたこともあった。その妹が、自分と同い年だということも。
だが、それ以上の情報は何も知らない。随分と壁の薄いこの住宅ではあるが、フリオニールが帰宅する頃にはもう寝ているのか物音が聞こえることもなかったし。

「……お帰り、フリオニール」

だがその言葉に、彼女がそこにいるのは自分を待っていたのだとはっきりと思い知らされてフリオニールは目を見開く。
言葉の意味ははっきりしているのに、言葉の意図が掴めない――投げかけられた言葉に答えを返せないフリオニールは、黙ったままライトニングの方をじっと見ていることしか出来なかった。

「何か言ったらどうなんだ」
「あ、ああいや……その、どうして、俺を」
「ここ最近夜中に勉強しながら分からんだの難しいだの本当に大学行けるのかだのとごちゃごちゃ言っているだろう、丁度お前の机から壁を挟んだ位置にベッドを置いているんだがそれが気になって寝るに寝られないんだ」

乞われたからと返した言葉には辛辣な答えが帰ってきて、フリオニールは不意に俯いてしまう。
確かに、自分が帰った頃には既に彼女の部屋から物音がすることはなかったが、自分の苦悩に巻き込んでしまっていたのだとしたら――なんだかとても、申し訳ないことであると感じられて。

「……その、ごめん。模様替えして机動かすよ、反対隣の部屋は空き部屋だからそっちに向けて」
「そんなことをしている暇があったらその分を勉強の時間に充てればいい。私が言いたいのはそんなことじゃないんだ」

言い切ったライトニングはつかつかとフリオニールに歩み寄り、その目を真っ直ぐに見上げた。
冷たく、厳しいようにも感じられる言葉とは裏腹に――彼女の瞳が秘めた色はどこか、優しい。

「1日2時間程度でよければ私が勉強を教えてやる」
「……え?」
「独りで勉強しているから効率も上がらないんだろう。どうせお前が勉強している間は寝られないんだ、その間お前に勉強を教えてやればお前も勉強が捗るし私はお前の独り言に眠りを妨げられることもなくなる。誰も損をしない話だと思うが」

……はっきりと言えば、ライトニングの申し出はとてもありがたかった。
だが、ありがたいと同時に申し訳ないという気持ちも湧き上がってくる。ただでさえ迷惑をかけているらしいのに、この上勉強を見てもらうという手間までかけさせて本当にいいのだろうか、とも。
そんな躊躇いが表情に出ていたのだろうか、ライトニングは微かに笑みを浮かべ、フリオニールに向かって言葉を投げかける。

「私に気を使っているならそんなものは不要だ。と言うより、これでお前が受験に失敗して浪人生活に入ったとしたら眠れない時間が延びるだけだろう?それならさっさと現役で合格してもらった方が私としてもありがたい」
「でも……本当に、いいのか?」
「構わないから申し出ているんだ。勿論、お前にとって迷惑だと言うなら引き下がってやるが」

迷惑なんてことがあるわけがない。確かに、独りだから勉強が捗らないと言うライトニングの指摘には自覚があったし、現役の大学生が勉強を見てくれるというのであれば間違いなく効率は上がるのだろうから。
そこまで言われてしまっては、逆に断るのが申し訳ないような気がして……フリオニールは自然と、深く腰を折っていた

「じゃあ、その……お願いします」
「ああ。それじゃ、早速始めるとするか」

ライトニングの言葉にフリオニールは大きく頷くと、ポケットの中に仕舞いこんでいた鍵を取り出して扉を開け、部屋の中へとライトニングを招き入れた。


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