「コンセントレイト」本文サンプル






 トレイは一度唇を噛み、その力を緩めると口を開いた――先ほどまでの沈黙が嘘のように流暢なその語り口は、まるで普段の彼とかわりがなかった。
「コロッサスに向けて矢を放ったところへ丁度シンクが飛び出してきて――私が撃った矢がシンクに刺さったのです。それで隙が出来てしまったのか、シンクは魔道アーマーから集中攻撃を受けて倒れてしまいました」
「まぁ、コロッサスの攻撃ってでかい割にかわすのは簡単だからねぇ〜。確かに隙が出来ちゃったってのはあるのかもしれないねえ。でもそれが何か関係あるの?」
 相槌のように問い返してきたジャックに向けて、トレイは視線を送る。躊躇うように何かを考えてから言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「その時はただ、シンクに対して悪いことをしたとしか思っていなかったのですが……もしかしたら、私は私自身が思っていたよりもずっとそのことを気に病んでいたのかもしれません。心理的な傷がその後影響を及ぼすと言うことは決して珍しくはありません。私自身戦場に出ている身なのですから仲間を誤射するなどと言うことが可能性としてゼロでないことは理解していますし、その事実がそこまで深い傷を齎すとは私にも考えられません。ですがそもそも心理的な部分での影響と言うものは本人の思いもよらぬところに思いもよらぬ形で出てくることもありえるわけで、つまり考えられないと思ってはいますが結果として先日の出来事が私の――」
「話長げぇんだよオイ」
 はじめはゆっくりとしていたものの気付けば思いついたことをつらつらと言葉にして並べ立てていくトレイに向かって、表情に多大なる苛立ちを滲ませながらたった一言ナインが言い放つ。
 ナインだけではなく、他の面々も――トレイの異変のことについては心配はしているのだろうがいつもの流暢と言えば聞こえのいい冗長な話に微かにうんざりしたような表情を浮かべていた。
 ようやっと思い当たったきっかけを話していたにも拘らず短い一言でそれを止められてしまったトレイの表情には知らず知らずのうちに不満が浮かぶ。トレイからすれば話せと言われたから話したまで、咎められる謂れなどどこにもないと言う考えが彼の中にはあったのかもしれない。
 そんなトレイの不満を汲み取ったのだろうか。手にしたグラスをテーブルに置き、キングが取りまとめるように一言――
「つまり、シンクを誤射したことがきっかけになって自分でも与り知らないうちに弓を扱うことが出来なくなった、と」
「そう……かもしれません」
「原因が分かってるんだったらさぁ、『気にしない』って方向でどうにかなるんじゃないかなぁ?」
 あっさりと言い放って、ジャックはテーブルの上からグラスを手にとって口をつける。だが、そのジャックに対してもトレイはただ首を横に振るだけだった。
「気にしないだけでどうにかなるならばそもそもこんな状況には陥っていないでしょうね」


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