「逆流」本文サンプル






「フリオニール!大丈夫か!」
 イミテーションの身体が崩れ落ち、フリオニールが大きく息を吐いたのを見て取るや否や、ライトニングはそうして近づく時間すらもどかしいと言ったような表情でフリオニールへと駆け寄る。足音に気づいたのかフリオニールは顔を上げ、その下に纏っていた衣服ごと鎧を抉り取られた脇腹を押さえ再び額に汗を浮かべつつライトニングには笑顔を向けた。
「よかった…ライトは無事だったか」
「戦っていないんだから無事に決まっているだろう!それよりお前、その怪我…!」
「…ああ、大丈夫…こんなの、なんてことない」
 心配をかけないためだろうか、強がるようにそう言うがその表情は眉根を寄せたまま、どこか苦しげにすら見えていて―どこが大丈夫だ、と短く呟いていたのは本当に無意識の領域の出来事で。
 その言葉に微かに俯いたフリオニールの左手首を何の迷いもなく掴むと脇腹の傷を押さえていた掌を無理やりにどけさせる。一瞬だけ視界に映った紅は、傷をかばった掌にべっとりと残された彼自身の鮮血の色。
 抉られた鎧の下に、引き裂かれたようになっている衣服と紅く血を滲ませる傷痕がはっきりと見て取れる。ライトニングは瞬間的に目を伏せると空いた左手を傷口の近くに翳し、小さな声で魔法を詠唱する。
 ライトニングの左手は淡い光に包まれ、その光が静かにフリオニールの傷口を包み込む…やがて、滲んでいた血は止まり、皮膚が引き裂かれざっくりと開いていた傷口も完全にとは言わないまでも塞がっていた。
「応急手当の代わりくらいにはなるだろう。あとは自分で何とかしろ」
「ありがとう、ライト。これだけ傷が塞がれば後はほっといてもどうにかなると思う」
 そう言って屈託なく笑うフリオニールの表情は先ほどまでイミテーションと戦っていた時の彼の表情とはかけ離れていて―確か自分とさほど歳は変わらなかったように思うがまるで無邪気な子供のようにすら見えて、何故だかそのフリオニールの顔を直視することが出来なくて…ライトニングは視線を伏せたまま、フリオニールの手首を掴んだままの手を離した。
 戦っていた時のフリオニールは誰か別人だったんじゃないかと思ってしまうほど力強く頼もしく見えていた、それは認めざるを得ない。どうしてこんなに表情がころころと変わるのだろう、それが不思議でついフリオニールの方を見てしまう―だが、視線が自分の方に向けられると何事もなかったかのようにすぐに反らしてしまった―やはりなんだか、フリオニールのほうを見ることが出来ない。
「…あまり無理をするんじゃない。行くぞ」
 短くそう言うとすぐにフリオニールに背を向け、先ほどまでイミテーションが行く手を塞いでいた獣道の方に足を進めるライトニング―フリオニールの顔を見ることが出来ない理由は分からないまま、足早に歩を進める。すぐにそれを追って、後ろからフリオニールの足音が聞こえてきた。
「もしかして、心配させたかな…ごめん、無理したつもりはなかったんだけど」
「別に、心配なんて」
 ―心配なんてしていない?そんなのは…嘘だ。
 否定しかけた言葉が意味を持たないことなど、ライトニングはとっくに気付いていた。フリオニールが目の前で傷ついたことに動揺していた、そのことに対しての自覚はあるのだから否定などできようはずがない。だがそれを認めてしまうのもなんだか癪な気がして―
「まぁ、それもそうだよな。俺だって子供じゃないし…仲間にそんなに心配はかけられないし…」
 フリオニールのその言葉に対して芽生えた感情に、ライトニングはかすかな違和感を覚える。
 フリオニールは仲間だ、初めから分かっていたし自分だってそのつもりで接していたはずではないか―
 なのに何故今、フリオニールの言葉にこんなに神経を引っかかれている?何故自分は今…傷ついている…?


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