「ディスタンス」サンプル
++Prologue -Side/Cater-
そのときのケイトには、言うつもりはなかった。
ずっとずっと隠し通すつもりだったはずの想いが口を滑って出てきてしまっただけで――自分が放った「好き」と言う二文字に、驚いたように目を見開くエイトの表情に自分の言った言葉の意味を改めて思い知らされる。
「嘘、今のなし。今のなしだから……アタシは、別に」
「嘘、だったのか……?」
これもいつものデジャヴなのだろうか?
驚きの表情がすぐに悲しみに彩られ、エイトが唇を噛んで目を伏せる――自分は、知っている。エイトのこの表情を見たことがあるような気がする。
「嘘ならそれでいい、オレが忘れれば済む話だから……でも、それならそれでひとつだけ覚えておいてほしい」
どうしてだろう、その後にエイトが言う言葉が、過去に一度このやり取りを経験したことがあるかのように脳裡にはっきりと浮かび上がる。過ぎった言葉は、ケイトの頬を熱くさせるのに十分過ぎる力を持っていた。
そんな都合のいい話があるわけないと否定しかけたところで、エイトの口からははっきりと放たれていた――ケイトの頭に浮かんだ言葉と、全く同じ響きで。
「オレは……ケイトの事、好きだった。ずっとずっと前から」
顔が熱くなる感覚も、言いたい言葉が口から出てこないのも、エイトの方を見ることが出来ないのも――一度経験したことがある、気がする。
この感覚を言葉にしてしまったら笑われるのだろうか?きっと気のせいだなんてあっさりと流されてしまうのだろうか?それとも、どう答えたらいいのかなんてエイトを悩ませてしまうのだろうか……?そんな考えが頭の中をぐるぐると回る。
どんどんと向かう先を変える思考をどうにか落ち着かせたケイトからようやく出た言葉は自分でもはっきりと分かるほどに歯切れが悪かった。
「嘘……じゃない、いやそうじゃなくて、嘘じゃないんだけど……あのね、アタシは」
「嘘じゃないなら……もう一回、はっきり聞かせてくれ」
「意地悪。分かってくれたっていいじゃない」
自然と俯いてしまったまま、吐き出したのは恨み言。でも、エイトがはっきりと言葉にしてくれたのだから自分だけが言わないのはとてもずるいことだと言う事だってケイトにはとっくに分かっている。だから――今のケイトに出来るのは、精一杯の勇気を振り絞ることだけ。
「あと一回しか言わないから。……アタシは、エイトが好き」
精一杯の勇気に対しての答えは、短くああ、と一言だけ。でも、不思議とケイトはそれでいいような気がしていた。
このやりとりを自分が知っていると言うことはきっと――自分の魂がこのやりとりを経験していると言うこと。それはつまり、自分の記憶にはない輪廻の中で自分はやっぱりエイトと惹かれあっていたんだということ、なのだから。
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