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コーネリア平原、シャントットの待つ岬まであと少しの距離の場所―カインはその手に紙片とひとつの召喚石を持ったままひた走っていた。
彼の手の中にある紙片には「召喚石:バルバリシア」と書かれている。誰も使っていなかったはずのその召喚石は、シャントットにテレポをかけられる前に彼らがベースキャンプにしていた場所に保管されていた。
幸いにしてカインが飛ばされた場所はベースキャンプからは近かったし、すぐに目当てのものを回収すると何の躊躇いもなくコーネリア平原に向かって走り出していた。

―この調子なら…カオスの連中に見つかる前に到着できそうだな…

目的の場所に向かう為の最短ルートを頭の中で計算し、カインはただひたすら走り続ける。
この山を超えれば、もうコーネリア平原は目の前―そう思い、カインの足の動きは自然と早くなっていた。
確かにこんな、どうでもいい戦いであるとは言え自分に与えられた役目はこなさなければならない。それはきっと、カイン生来の生真面目さがそうさせているのだろう。

「あれ、カイン」

ひた走るカインは声をかけられてそこで足を止める。
振り返ればヴァンが呑気にひらひらと手を振っている―彼はそう言えば、渡された紙が白紙だったとかでやることがないのではなかったのだろうか。

「どうしたヴァン、こんなところで」
「あー、うん。ネギ坊主とティナ探してるんだけどなかなか見つからなくてさ…カイン、あの2人見なかったか?」
「いや、俺は会ってはいないが」

カインの答えに、ヴァンはお前もか、なんて言いながら首を傾げる。その言葉から、きっと2人を探しながらなかなか見つけ出せていないのであろうことは容易に推測できた。
しかしその表情に焦りは全く見られない―ヴァンのこういう、変に飄々としたところを見ているとなんだかとても不思議な存在であるようにカインには思えていた。

「うん、邪魔してごめんな。じゃ、頑張れよカイン」
「ああ…お前も早くあいつらに会えることを祈ってる」

立ち去るヴァンの背中を見送ってから、カインは再び走り始めた。
もう間もなくコーネリア平原にたどり着く…そう、カインが思った刹那、手の中の召喚石が鋭く輝き、そこからは見覚えのある女の姿が現れる。

“お前の思い通りになってやると思ったら大間違いよ、カイン”

確かに聞き覚えのあるその声と共に、カインの身体は激しい竜巻に包まれる。

「ぐぁっ!?」

激しい風の中、態勢を保っていることすら出来ず…風を避けようとジャンプの態勢を取るも、激しい竜巻が鎧の隙間を狙ってカインの身体を襲う。
態勢を整えきることも出来ないまま、手にしていたはずの召喚石はその掌から零れ落ち、地面を虚しく転がっていく…やがて、漆黒の甲冑の足元にこつんとぶつかり、その手が転がった召喚石を拾い上げた。

「…何をしている、カイン」
「ゴルベーザ…お前、元部下の躾くらいきちんとしておけ…!」

召喚石を拾い上げたゴルベーザの存在に気づくと、カインは槍を支えに立ち上がってそちらに歩み寄る。
元々バルバリシアの召喚石を持っていたのがカインなのだと気づいたのだろう、ゴルベーザはそれが当然であるとでも言いたそうにその召喚石を差し出した。

「私も探しているものは同じだったが、先にお前が手に入れたのであればお前が持っていくべきだろうな」
「…これは勝負だから気を使わなくていい…と言いたいが、お前が一度そう決めてしまったのであればそのまま持って行けと言っても俺に譲るんだろう、どうせ」

無言で頷いたゴルベーザに対して呆れたようにひとつ溜め息をつくと、カインは手を伸ばして差し出された召喚石を手に取る―しかし、その時再び召喚石が光を放った。

“誰がお前なんかに―!!”

そして再びカインの身体を取り巻く竜巻。先ほどよりも強力になり、鎧の隙間だけでなく兜に覆われていない顔の下半分まで風刃に刻まれうっすらと血が滲み始める。

「…ああ、もういい!この調子じゃ身体が持たん、やっぱりそれはお前が持っていけ、ゴルベーザ」
「しかし」

再びカインが差し出し返した召喚石に視線を送り、ゴルベーザは躊躇うように手を伸ばしかけて一度引っ込める。
竜巻に襲われるカインの方へと更に視線を移し、召喚石を手に取るべきかどうか逡巡する仕草を見せた―が、カインは痛みを堪えるように唇を噛み、すぐに顔を上げてゴルベーザのほうを真っ直ぐに見返した。

「このまま行くと俺はバルバリシアに殺されかねん。…と言うよりバルバリシア、そんなに俺が憎いか」
“何を今更。憎いに決まっているでしょう”
「…やっぱりお前は元部下の躾に失敗しているようだな、ゴルベーザ」

竜巻に揉まれよろめきながらもはぁ、と大きく息を吐いたカインから、ゴルベーザは渋々といった風情で召喚石を受け取る。その途端にカインの周りだけで荒れ狂っていた竜巻がゆっくりと凪いだ。

「…やりすぎだ、バルバリシア」
“ゴルベーザ様がそう言うのなら次からは気をつけますわ”

先ほどカインに憎いと吐いて捨てたのとはがらりと口調の変わったバルバリシアに対し、カインは再び大きく息を吐いたのであった。


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