プロローグ
「…つまりあんたは、神々の戦いの結末にまだ納得してない…って言いたいわけ?」
ふよふよと空中に浮かぶ暗闇の雲を睨みつけるオニオンナイト、ここまでならいつもの光景といえるかもしれないがいつもの光景だと言い切ってしまうには流石にオニオンナイトの発言は不穏当なものであって…
神々の、13回に及んだ戦いはコスモスの勝利で幕を閉じた。しかしそれを今になって、納得していないなどと言い出すものがいるなどとは流石に誰も思っていなかったのだろう―
突然、かつて秩序の神に仕えた戦士達の元に現れた暗闇の雲の言い放った一言に一瞬、不穏な空気が走る―だが。
「納得しておらぬわけではない。だが、もしも違う形での戦いであったら本当にお前達が勝っていたのだろうか…と問うたまでよ」
「じゃあ聞くけど違う形の戦いって何さ?神々の戦いに、違うも違わないもないと思うんだけど」
反駁するオニオンナイトの表情はいつものように、若さから来る頼りなさを勇気の仮面で補っている。対峙する暗闇の雲はそれが楽しくて仕方ないのか、その口の端にはずっと笑みが浮かんでいた。
「剣と魔法のみが戦いと言うわけではないだろう?」
「剣も魔法も使わずにどうやって戦うつもり?そりゃ、あんたにはそのご立派な蛇がいるからいいとしても」
ご立派な、と言う言葉に合わせて暗闇の雲の肩から生える蛇を指差すオニオンナイト―普通に考えれば相当に暗闇の雲に対して失礼なことをしているのだが、暗闇の雲はやはり別段そんなことを気にしている素振りはない。
「オレには銃があるけどな」
「ラグナはちょっと黙ってて」
「ほーっほっほっほっほ、話は聞かせていただきましたわ!」
対峙していた暗闇の雲とオニオンナイトの間に割って入るように響き渡った高笑い、そして…見まごうことのない小さな姿。
何事かと遠巻きに眺めていた仲間達も、突然の闖入者―シャントットの方へと自然に視線を移していた。
「つまり神々の戦いを違う形でやり直してみたい、と。あなたはそう仰りたいわけですわね」
「やり直したいわけではない―ただ、剣も魔法も使わぬ戦いならばどうなったか、それに興味があった」
暗闇の雲の言葉を受けて、シャントットは腕を組んでふむ、と呟く。
何かを考えているらしきシャントットのその横顔を見ながら、ラグナがまた一言。
「じゃあ皆銃を使って…」
「ラグナ、黙っててって言ったでしょ」
「よござんす。名案が浮かびましたわ」
ラグナとオニオンナイトのやり取りはあっさりと無視したシャントットは背中に背負った杖を手に取り、ひとつ大きく振ってみせた。そしてそれと同時に、杖の先からあふれ出すのは十幾枚の紙片。
「…あんた、手品師だったのか?」
「黙らっしゃい」
ヴァンの問いかけに対しては短く答え、シャントットはその紙片―良く見ると既に何かが書かれている―に一瞥をくれ、そして満足したように頷いた。
その紙片を懐に収めるとシャントットは再び高笑いを響かせ、そしてその場にいる者たちに順番に視線を送る。
「今しばらくお待ちになっていなさいな」
その声と共にシャントットの姿が消える―だがしかし数瞬の後、再び姿を見せたシャントットの背後には―
「何故私がこんなことに付き合わなければならぬのだ」
「別にオレは今更お前らと争うつもりなんかねぇんだけどよ」
「…私はクラウドと戦えればそれでいい」
「じゃあおれはバッツと戦えたらそれでいい!!」」
皇帝、ジェクト、それにセフィロスにギルガメッシュ…言葉を発したのはその4人だけだったが、言葉のないままシャントットの背後にまるで召喚されたかのように呼び出される―かつて混沌の神の戦士だった者たち。
その姿を見るや秩序の神の戦士だったものたちの表情は一様に変わる。それはそうだろう、再びこの世界に喚ばれてからはあまり関わることのなかった―己の宿敵であったものや深い因縁を持つものたちが、いともあっさりと一堂に会してしまったのだから。
「一体どうやって集めたというんだ」
「わたくしの魔力をもってすれば容易いことですわ」
ウォーリアオブライトの問いかけに対して涼しい顔でそんなことを言うシャントットを、一体どういう方法でかは分からないが呼び集められた混沌の神の戦士達は呆れたように眺めている―本当に、一体どんな方法を使ったというのだろうか。
普段姿を見ることのないガブラスやふらふらと彷徨っているばかりのギルガメッシュまで引きずり出してしまうのだから、シャントットが一体何をどうしたのか気になるのもむべなるかな。
無論そんなことを気にするシャントットではない。先ほど懐に仕舞いこんだ紙片を取り出すと、その場にいた全員に1枚ずつ手渡していく。
「…それで、一体何をしろと?」
「皆さん、その紙に『何か』が書いてあるでしょう。それを持って、コーネリア平原の岬にいらっしゃいな…但し、コスモス側とカオス側、それぞれ同じ内容の書いた紙を持っている人がいますわ。先に持ってきたほうの勝利…と言うことで勝敗を決するのはいかがかしら」
「…確かに剣や魔法で戦うわけではない…が、しかしそれは戦いと言えるのか?」
釈然としない様子で首を捻るウォーリアオブライトの背後に、重厚な足音が響く―その足音が誰のものなのか、気づかないウォーリアオブライトではない。
だが振り返ることなく―きっと続くのであろう彼の言葉を待つ。それに答えるかのように、足音の主…ガーランドの、いつもの重さを秘めた声がその場に響き渡った。
「どんな形であれ、これもひとつの戦いの輪廻―それがただの借り物競争であったとしてもな」
「皆借り物競争だと思ってはいましたがまさか貴方がそれを口にするとは思っていませんでしたよ、ガーランド」
呆れたようなアルティミシアの言葉に、ガーランドが返事を返すことはなかった。
ガーランドはただ、目を閉じたままその言葉にしっかりと頷いたウォーリアオブライトを一瞥し、そして混沌の神の戦士達の方へと視線を移す。
「この戦いが行われるのも大いなる意思の導き。折角の機会だ、戦いを楽しもうではないか」
「楽しもうったってさぁ、借り物競争じゃねぇ…折角だからもっとこう、ドカーン!ってデカいことしたいなぁボクちんとしては」
「はいはい、不平不満はそこまでになさい」
掌の先に魔法で作られた炎を灯しながら不穏当なことを呟いたケフカの手首をシャントットが背負った杖で叩き、叩かれたケフカは「いったぁ〜い」等と言いながら大袈裟に手首を振ってみせる。滑稽にも見えるその光景だが、ケフカの発言は決して看過できるようなものではなく…
狙われるとしたらただひとり。秩序の神の戦士達は皆、心配そうな眼差しをティナの方に送っていたが…ひとりだけそうでないものもいて。
「あのさおばさん、オレの紙白紙なんだけど」
「誰がおばさんです。それと、あっさり言うんじゃありません、これから説明しようと思っていたのに」
手に持った真っ白な紙片をぴらぴらと振ってみせたヴァンに対してシャントットは呆れたように息を吐き、ヴァンの手にした白紙の紙片を指差した。
「コスモスに仕えていた戦士の方が数が多いですので、多い分…4人分白紙を混ぜてあります。渡された紙が白紙だった方は他の仲間を手伝うなり、この戦いが終わるまでどこかで休むなりしていればよろしくてよ」
「そう言われて休んでいられる奴がいるとも考えにくいが」
シャントットの言葉にそう答えを返したライトニングは手の中の紙片を一瞥すると懐に仕舞いこんだ。
それを合図にしたかのように、シャントットは大きく杖を振り上げた。
「勿論、ここからすぐに出発と言うわけではなくてよ。それぞれ目的のものを探しながら、きちんとコーネリア平原へ戻っていらっしゃいな」
その言葉と共にシャントットの杖が強い光を放ち、その光が敵も味方もなくその場にいる全ての戦士達を包み込む―
光が弱まると共に、その姿はシャントットの前から消え去っていた。
「博士、何も全員行き先バラバラでテレポかけることはなかったんじゃねぇのか」
シャントットの背後から、それまでは隠れていたプリッシュが姿を見せる。
流石に全員がいっせいに飛ばされているのだ、どこか呆れたような表情ではあるものの…シャントットならばそのくらいはやりかねないことは彼女自身重々承知している。内心、言っても無駄だと思っているのだろうかその声色にはどこか諦めにも似た何かが含まれている。
「このくらいしないとすぐに決着がついてしまって楽しくないでしょう?さぁプリッシュ、あなたも行ってらっしゃいな…でも、そう簡単に『それ』を渡すことは許しませんわよ」
「…分かってるよ」
手の中にある小さな瓶を確かめるようにプリッシュは走り始める―きっと、今世界中に散らばった中の『誰か』が、この小瓶を求めてやってくるのを待ちながら。