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「ふん、容易いことだ」

虚ろな瞳で自分を見上げるライトニングの顎に手をかけ、皇帝は小さくほくそ笑んだ。
自分が手にした紙に書かれているのがライトニングのことだと気付くのに時間はかかったが、よくよく考えてみれば「女性」で「騎士」に近い存在なのはライトニングしかいない。
真っ白な紙片を片手に彷徨い歩いていたライトニングの足元に罠を張り、引っかかったところでその心の隙間に付けこむ―皇帝にとっては女ひとり誘惑することなど赤子の手を捻るよりも容易い。
最も、相当に強い意志を持っていると思われるライトニングに対して誘惑の秘術が効果を現すまでには相当の時間を要したが、こうなればもう彼女は自分に逆らうことなど考えられない。

「いかにこんなくだらない勝負とは言え、負けることなど許されるわけがない」

自分に言い聞かせるかのようにそう呟いた皇帝は、へたり込んだライトニングの腕を無理やりに掴むとそのまま歩き出した―皇帝に心を支配されている今のライトニングは逆らうこともせずに、皇帝に腕を引かれるままふらふらと歩いている。
その虚ろな瞳は今は皇帝以外の何も映してはいない。この勝負は皇帝が勝ったも同然…
余裕を感じさせる冷たい笑みを湛えたまま、皇帝は一路コーネリア平原を目指していた。
途中ライトニングが苦しそうに呻き、言葉にならない何かを呟く。その度に皇帝は誘惑の秘術をかけなおし、再び足を進める。
それを幾度繰り返したか分からなくなりかける頃―ようやっと皇帝の目に目的地となる岬が見え始めていた。

「愚民どもめ。最後に勝利するのはこの私だ…」

皇帝はただ、何も言わず自分に付き従うライトニングの腕を引き歩き続ける。
既に岬へとたどり着いていた者達は、皇帝がライトニングの手を引いて現れたことに少なからず驚きの表情を浮かべている…アルティミシアの表情が微かに不快感を露わにしているようにも見えたが、特に気に留めるべきことでもないだろう。
目的地まで、あと十数メートル…皇帝が勝利を確信した、その瞬間。

「待て、皇帝!!ライトを離せ!!」

背後から響き渡った声は、皇帝からすれば聞き間違えるはずのないもの―今までに幾度も自分の野望を挫いてきた、皇帝にとっては憎き宿敵―フリオニール。
ゆっくりとした動作で振り返った皇帝は、肩で息をしながら自分をを真っ直ぐに睨みつけているフリオニールの姿を視線に捉え…しかしそれでも余裕の笑みを崩すことはなく、軽く顎を上げてフリオニールを見下ろした。

「随分と遅かったようだな。この女は今は私の支配下にある―貴様がどれだけ足掻こうと、私の勝利は揺らぐことはない」

皇帝は再びライトニングの腕を取り、強く引っ張る。相変わらずどこかふらふらとした足取りのまま歩き続けるライトニングが皇帝に逆らう素振りなど見せるはずもなく。
皇帝の視界の端に、きつく唇を噛み締めるフリオニールの姿が映る。精々悔しがればいい、そう考えながら皇帝はただ足を進める―

「お前なんかに…ライトは渡さない!!」

その言葉と共に、フリオニールは力強く大地を蹴り―そして走り出していた。
自分はこんなに早く走れただろうか?その時フリオニールがそんなことを考えていたことになんて誰も気付いてはいなかったが―それでも、今のフリオニールには走ることしか出来ない。
余裕の笑みを崩すことのなかった皇帝との間合いを一気に詰め、そして皇帝に腕を引かれていたライトニングの反対の腕を掴むとその腕を強く引いてライトニングを抱き寄せる。
言葉も出さず、抵抗するように身をよじったライトニング―その所作を見ていた皇帝が再び冷たく笑う。しかし、フリオニールは動じることなく、無理やりに皇帝の腕を振り払うときつくライトニングを抱きしめていた。

「ライト…目を覚ましてくれ…!」

皇帝の腕を振り払った左手をライトニングの頬に添える。
逃げるように視線を反らすライトニングの髪に指を絡ませ、しっかりとその瞳を見つめ―フリオニールは何の躊躇いもなく、ライトニングの顔を引き寄せて―唇を、重ねた。
交わされた口付けと共に、虚ろだったライトニングの瞳が自然と閉ざされる。やがて、自分を抱きしめるフリオニールの腕を振り解こうとしていたはずのライトニングの両方の腕がゆっくりとフリオニールの背中に回されていた。
重なり合った唇が離れ、再びライトニングが目を開けたとき―空色の瞳には既に、いつもの鋭く、そして優しい光が宿っていた。

「…フリオニール…私は―一体…?」
「ライト…良かった、目を覚ましてくれたんだな…!」
「ば…馬鹿な!!」

目の当たりにした光景が信じられないとでも言うように、皇帝は愕然とした表情でフリオニールとライトニングの方に視線を送っている。
フリオニールはそれを意に介するでもなく、抱きしめたライトニングの身体を横抱きに抱えなおすとちらりとだけ皇帝に視線を送った。

「言っただろ。お前なんかに…いや、誰にもライトは渡さない」

はっきりとそう宣言すると、一度ライトニングのほうに視線を送り…見つめ合ったふたりはそこでしっかりと頷きあう。互いの想いを確かめるかのように。
そのままフリオニールはライトニングをしっかりと抱きかかえ、シャントットの元へと駆け寄っていた。

「…連れてきたぞ、『光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士』」
「どうしてお前がその異名を知っているんだ…すぐに忘れてくれ、私はそんな恥ずかしい名前で呼ばれるような立場の人間じゃない」

フリオニールに抱きかかえられたまま眉を顰めたライトニング―だが、シャントットはそんなことを気にする風情でもなく。
にやり、と笑ってみせると杖を高々と掲げ、朗々とした声ではっきりと宣言した。

「よござんす。この一番はコスモス側の勝利といたしますわ」

シャントットの宣言と共に、既にその場にいたコスモスの戦士達からはいっせいに歓声が沸き起こる。

「皇帝がライトを連れてきたときはどうなることかと思いましたが…」
「すげーよお前ら!って言うかなんつーの、愛の力って偉大だなー」
「いやー、しっかしまさか白昼堂々キスシーン展開しちゃうとはなー。フリオニール、結構大胆っスね」
「全くだ、相変わらず見せ付けてくれる」
「まあまあ、いいんじゃないかな?仲良きことは美しきかな、って言うじゃない」

ユウナが、ジタンが、ティーダが、スコールが、ティファが…口々に、つい今しがた目の前で起こった出来事に対して賞賛したり囃し立てたりを繰り返している。

「…からかうなよ、お前ら」

はにかんだように笑いながら、フリオニールは抱きかかえたままのライトニングを地面に下ろす。
しっかりと地面に足をつけたライトニングは、真っ直ぐにフリオニールの方を見つめると穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

「ありがとう、フリオニール…私を救い出してくれて」
「いや、俺は当たり前のことをしただけだって思ってる」

見つめ合うふたりの妨げになるものはその場には何もない。…フリオニールの背後で、バッツがその時のフリオニールを真似て「俺は当たり前のことをしただけだって思ってる」等と言っていたのでそれを見た仲間達が数人吹き出したりはしていたが。

「あーもー。皇帝負けちゃったじゃーん。ほら、ここは一発負けないように皇帝に熱ーいベーゼを一発、ぶちゅっと」
「ケフカ、多少は慎みなさい。何故私がそんなみっともないことをしなければならないのです」
「…あーはいはい、あとでふたりっきりになってからゆっくりーってことねー…ってごめんごめん、槍刺すのやめてちょっとイタイイタイ」

カオス側の戦士達もその光景を見ていたが、ケフカとアルティミシアのそんな漫才のようなやり取りを淡々と見遣っているだけで笑い出すものは結局誰もいなかった、らしい。


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