愛欲の虜-1/6-
「彼女」と顔を合わせる事はめったにない。
なぜなら彼女―シャントットは普段はひずみの奥深くにいることが多く、そこから外に出てくることはきわめて稀だからだ。
理由はよく分からないがその、「きわめて稀」な事態が起こっている…しかも、状況もよく分からない。
シャントットは何か話があるとかでウォーリアオブライトと向かい合っている、ここまではいい。
そのシャントットの足元には、何故か頬を上気させ荒い呼吸でへたり込んだライトニングの姿がある―これがよく分からないのだ。
確かに、ライトニングは…別にシャントットに会うためではなく、彼女が棲家としているひずみの中の宝を探しに行くと言う仲間に同行していたはずだったが一体何が起こったというのだろうか。
とりあえず、仲間達は皆遠巻きにシャントットと向かい合うウォーリアオブライト、そしてシャントットの足元にへたり込むライトニングの姿をただただ眺めていたのであった。
足元にへたり込んでいる、と言ってもその状態でもシャントットの身長よりもライトニングの方が高さがあるあたり、シャントットの小柄さが妙に際立つ不思議な光景ではあったが。
「まず、ライトニングのこの状況について説明を求めるべきだろうな」
ウォーリアオブライトは真面目腐った顔でシャントットにそう問いかける。
シャントットは大げさとも取れる様子で両手を広げてみせた。
「久しぶりに出てきましたけれど、あなたは相変わらずですわね」
「今は私の話をしているのではない」
ともすればシャントットの発言は話を逸らす為のものだったのかもしれないが、そんなことで本当に話を逸らしてしまうウォーリアオブライトではない。
それをシャントットもなんとなくは分かっていたのか、大げさにひとつ息を吐いた。
「たまたまわたくしが、あのお人形相手に新しく開発した魔法の実験をしていたら丁度射線上を彼女が通りかかった…そして、魔法は彼女に効果を及ぼした、ただそれだけのこと」
「つまり今ライトニングは何らかの魔法の影響下にあると言うことか」
「そう。ひとつ想定外だったのは、彼女に影響を及ぼした魔法がわたくしが研究していたものと異なっていたこと…ですわね」
自信たっぷりな様子でそう言い切ったシャントットだったが、その言葉に様子を遠巻きに見守っていた仲間達は顔を見合わせる。
「ねえ、それって…」
「失敗してたんじゃないのか?」
「偶然だね、僕にもそう聞こえた」
ティナとヴァン、オニオンナイトがひそひそとそんなことを囁きあっている。
無論彼ら3人だけでなく、その場にいた全員がそう思っているわけで。
「それで、今ライトニングはどういう状態にあるのか説明してもらおうか」
ウォーリアオブライトの表情は崩れることはない。ただ、それでもシャントットの足元のライトニングは苦しそうに呼吸を乱している…なにやら異常事態なのは分かるのだが、これがどういう状況なのか分かるものは誰もいない―
シャントットは初めこそどう説明したものかと逡巡した様子ではあったが、すぐに口を開き言い放った。
「どう言う状態かと聞かれれば…極度の性的興奮状態、と言うのが一番正しいですわね」
「…なんだと?」
ウォーリアオブライトの眉がぴくりと上がる。何せ彼は堅物で真面目なのだ、その手の話に対して若干の拒否反応めいた物を示すのも無理からぬ話であろう。
そして、遠巻きに見つめている仲間達の間にざわめきが広がった。
―仲間達全ての視線が探していたのはただひとり…しかし、その「ただひとり」は今使いを頼まれて近くのショップへ足を運んでいてこの場にはいない。
…シャントットはそんなウォーリアオブライトや仲間達の様子を気に留めるでもなく話を続ける。
「元々、わたくしが研究していたのは敵を極度の錯乱状態に陥れ戦意を削ぐための魔法でしたの。それがどうやら詠唱する際に一節誤った呪文を紛れ込ませてしまっていたようで…」
「しかもその魔法が、イミテーションではなくライトニングに効果を及ぼしてこの状態…と言うわけだな」
「そう言うことになりますわね。しかもタチの悪いことに腐ってもわたくしの魔法、この状態が長く続けば彼女は身体を蝕む熱に冒されて、最終的には本来の目的どおり錯乱状態に陥ることになりますわね。時間が経てば元に戻りますけれど、10日ほどは戦える状態でなくなると思っていただいて結構」
あっさりとそんなことを言うが、随分と厄介な魔法をかけてくれたもんだと全員が思っている。
ウォーリアオブライトもそれは分かっているのか、その眉間には深い皺が刻まれている。ライトニングをこのままほうっておくわけには行かないのは頭では分かっているのだろう、だが。