耳:誘惑






その日クラウドは森の中にひとりでいた。
少し考えたいことがあるからと仲間から離れ、倒木の上に腰掛けて考え事をしている―考えているのは、この戦いの行く末。
神々の戦いは終わったはずなのに、ティファまでも巻き込んで自分はこの世界でまだ戦い続けている―

―俺は…俺達は一体何を目指して、どこへ向かっている…?

仲間達は誰も敢えて口に出すことはない。それは勿論自分も。
だがこの戦いの先に一体何があるというのだろうか―?

「あ、見つけた。こんなとこにいたんだねクラウド」

聞き慣れた愛しい声が聞こえたがそれでもクラウドは顔を上げることなく思案を続けている。
思考はどんどんと奥深く、まるで底なし沼のようにクラウドを捉え続ける…

「…クラウド?」

自分を呼ぶその声にも答えは返さない―と言うよりも、返せない。
今言葉を返してしまったら、なんだかとても弱い自分を彼女に―ティファに見せてしまいそうで。
この世界の仲間のことと自分のことしか記憶を残していないティファに余計な心労を与えたくない―それはとても不器用でとても真っ直ぐな、クラウドなりの優しさ。

「…クラウド?聞いてる?」

そのクラウドの優しさに気付かないティファの声は微かに怒りを孕んでいる―心労を与えたくないとは言えそれで怒らせてしまっては本末転倒にも程があるわけで。
クラウドはそこでようやく一言だけ短く返した。

「ああ」
「絶対聞いてないでしょ、もう」
「ああ」

返事が「ああ」だったのは完全に無意識の領域で―そもそも、ティファの言葉は思考の泥沼の中に入り込みつつあるクラウドには声と言うより音としてしか捉えられていなくて。
視界の端に映るティファの表情が微かに拗ねているように感じられたのはクラウドの気のせいだろうか。

「聞いてないでしょって質問して『ああ』って答える人、初めて見た」

どこか呆れたようなティファの声―そして、視界の端に映っていたその姿が消える。
そこでようやく顔を上げた…その瞬間に、背中に感じるぬくもりと柔らかさ―後ろから抱きつかれていると、それだけで充分に分かる。

「ねぇ…何考えてるの?」
「…後で話す」

今のまとまっていない状態の考えをそのままティファにぶつけることはクラウドには出来ない―しかし、そんなクラウドの考えていることなど全くお構いなしと言ったティファはまた拗ねたように唇を尖らせると、そのままクラウドの耳元に唇を寄せた。

「…ティファ」
「そんな風に言われたら…私、寂しい」

甘えるようなその声に、そして言葉の後に耳朶に触れる唇の感触に―クラウドはひとつ溜め息をついた。
耳たぶに触れた柔らかさが、甘えたように囁かれたその言葉が、自分の中の「何か」に火をつけたことにクラウドはとっくに気付いていたし。
胸の前で組んでいた腕を解き、自由になった右手でティファの髪に器用に触れた。

「ティファ、お前」
「ん?」
「………俺に襲われたいのか」
「私は初めからそのつもりだったけど?」

耳元で聞こえた笑い声に、クラウドはもう一度溜め息をついた。
―こうなったらもう、考えるのは後回しでいい。
この誘惑に抗うためには―クラウドはティファのことを愛しすぎている、その自覚はしっかりとあったから。







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