魔女から暴君へ






パンデモニウム最上階。
いつもの如く玉座に座り、頬杖をついて何事か考えていた皇帝の視界に映る深紅のドレスと漆黒の羽―ちらりと視線を送りはするが、だからと言って何を言うでもなく。
そもそも彼女がここに来ることなど珍しくもなんともない。寧ろ呼んでもいないのにこの場に現れるのは彼女くらいのものだろう。

「何か言ったらどうなんです」
「今更貴様に何か言うようなことがあるとも思えぬ」
「…全く」

呆れたように一言だけ呟いたアルティミシアは、いつもの如く遠慮なく玉座へと近づいてくる。
他の者ならば玉座に近づくことさえ許したくはないが、相手はアルティミシア―今更気安く自分に近づいてくることを取り立てて咎めるような間柄だとも思っていない。
だがそれでも、こうして自分の領域に彼女がすんなりと近づいてくることを認めたくないという気持ちもまだ皇帝の中には残っている―それは、皇帝が生来持っている気位の高さとも相俟っているのかもしれなかった。

「大体が、何の用があってここにきた」
「特に用があるわけではありませんが―そうですね、あなたの気に召すように言うとしたら『表敬訪問』、とでも言ったところでしょうか」

表敬、などと言い出す割には何処かからかうような、まるで―怒ってさえいない自分を宥めるかのような口調に皇帝は何処か苛立ちを感じてしまう。
そもそもが、何故自分がアルティミシアの存在にここまで心をかき乱されなければならないのか。それが余計に皇帝の苛立ちを強くさせる―理由は分かっているからこそ、余計にその苛立ちは増すばかり。

「表敬訪問であるなら土産物のひとつも持ってきたらどうなんだ」

言ってしまってからあまりに浅ましい発言だと己の言葉を悔いた。
本心からそのようなことを思っているわけではない。だが何故か、アルティミシアに優位に立たれているような気がしてそれがどうしても耐えられなくて、気付けばそんな言葉が口から滑り出していた…ただそれだけのことではあったが。
皇帝のそんな内心を知っているのかいないのか―アルティミシアは相変わらず余裕の笑みを崩すことはなく皇帝に一歩一歩と近づいてくる。そしてその瞬間、皇帝が感じた違和感―

先ほどまで、玉座まで数歩と言う距離にいたはずのアルティミシアは何故今玉座の肘掛けに腰掛けているのだろう。そして頬に残る感触は何なのだろう―
指先で頬に触れると、そこには何かのぬるりとした感触。その指先に視線を落とせばそこは見慣れた紅に染まっていた。その紅は丁度、アルティミシアの唇と同じ色。

「…時間を止めたか」
「流石に見破られてしまいましたか―貴方を付け上がらせるのは嫌だったのですが」
「こんな分かりやすい証拠を残しておいて、何を」

ふん、と鼻で笑ってみせると皇帝は肘掛けに腰掛けたままのアルティミシアの身体を無理やりに引き寄せ、自分の膝の上に座らせる。そのまま無理やりに振り向かせて奪うかのように唇を重ねた。
自分と同じ位に気位が高く、この先自分に従順に従うことなど決してありえないであろうアルティミシア―無論、自分だって彼女にいいように操られるつもりなどない。
素直に口づけるのではなく時を止める力を使ったアルティミシアを狡いと思わないではない。だが―彼女には負けるわけには行かないのだ、全てにおいて。

「そう簡単に私を懐柔できると思わないほうがいい」
「あら…とっくに懐柔したものだと思っていました」
「戯言を」

離れた唇が投げかけあう言葉は、言葉尻こそ不穏ではあるが―それは若い恋人たちが稚気を込めて投げかけあう睦言に等しく、彼らはこうして殺伐とした言葉の中に愛を育んでいるのだと言うことなど―誰も気付かないし、きっと皇帝もアルティミシアも自身で認めることはないのであろうけれど。







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