拳士から兵士へ
「何をしているんだ?」
今日の食事当番はティファではなかったはずだが、簡易的に組み立てたかまどの前で何やら火加減を調整しているティファの姿を見てクラウドは訝しく思いながら声をかけた。
驚いたように振り返ったティファではあったが、直ぐになんでもないと言わんばかりに首を横に振る。
「なんでもないよ。ほら、クラウドはあっち行って」
まるで邪魔物を追い払うかのように手を軽く振ってみせたティファのその態度がなんだか気に入らない…だが、あまりしつこくするのも性に合わない。
なんだか釈然としないものを感じながらもクラウドは黙ってその場を離れる。
しかし、黙ってはいるが遠巻きに…ティファには気づかれない位置からそのティファの様子を見守っていた。
かまどに棒のような何かを差し入れると皿だかなんだかを引きずり出し、取り出した料理の出来具合を確認すると一旦それは脇によける。
遠くからでも解る甘い香り。今近くまで行けば何を作っているのかはわかるだろうが、また不用意に近づいて文句を言われるのも何だか癪に障る。
そんなことをぼんやりと考えながら、クラウドは黙ってティファの様子を伺うことしか出来ないのであった。
そうこうしている間にもティファは今度は他の器を手にとり、置いてあった食材を手際よく混ぜ合わせていく。
その表情はどこか楽しそうですらあって―一体何が彼女にそんな表情をさせているのか、クラウドには見当もつかなくて。
ただ一つはっきりしていることは、なんだか面白くないというただそれだけの話。
だがそれをはっきり認めてしまうのもなんだか憚られて、クラウドはただ黙ってティファの様子を見守ることしかできなかった。
そして、その日の夕食後。
「クラウド、今ちょっといいかな?」
仲間達が皆自由時間を謳歌する中、ティファはクラウドの元へと笑顔で歩み寄ってきた。
こんな嬉しそうなティファの顔は久しぶりに見た気がする、そんな風に思いながらそちらに視線を移した。
「来るなと言ったり今いいかと言ったり、何なんだ一体」
「…もしかして、昼間のことまだ気にしてた?」
そこでティファの表情はなんだか申し訳なさそうなものに変わる。
その顔を見ると少し意地の悪いことを言い過ぎたか、と言う考えが頭を過ぎり、それと同時に首を横に振っていた。
それに安心したかのように、ティファは小さな袋をクラウドの目の前に差し出す。
「クラウド、よかったらこれ…食べてくれない?」
渡された袋を受け取ると、折り畳まれた口を開く…途端に、嗅いだことのある甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「…これは?」
「クッキー焼いたんだ。クラウド最近疲れてるみたいだったから甘いものでも、と思って」
袋を覗き込むと、確かに焼きムラが見えるものの綺麗に仕上がったクッキーが詰められている。
そこでクラウドは思い当たる。昼間、ティファが作っていたのはこれだったのかと。
「流石にオーブンがないからかまどで作ろうと思うと大変だったけどね」
今目の前で照れたように笑うティファが、あの時自分を遠ざけたのはこれを見られたくなかったからだろう。
そう分かると、なんだかあの時のティファに僅かながら腹を立てたのが申し訳なくも思えて来る。
それに、ここのところ厳しい戦いが続いていて疲れているのも事実だったし―それにティファが気づいていたのだと分かるだけでなんだか嬉しいとも感じられて。
「…わざわざすまない、ありがとう」
返した言葉に対し、ティファの表情には笑顔が溢れる―それを見ながらクラウドは考えていた。
甘いクッキーよりも、ティファのその笑顔の方が余程疲れを癒してくれるのではないか、と。