この笑顔の為だけに
「ライト、今ちょっといいか」
ひずみから戻ってきたフリオニールは、ひとりで何事か考えていたライトニングを見つけると迷わずそちらに足を向けて声をかけた。
左手に持った「もの」はライトニングには見えないように背後に隠し、顔を上げたライトニングの方を真っ直ぐに見つめる。
「戻ったのか、お疲れ様。怪我もなさそうで何よりだ」
「ああ、今日行ったひずみにはそんな手ごわいイミテーションはいなかったから」
言いながら右手で人気のない方を指し示す。それだけで意図を悟ったのか、ライトニングはフリオニールが指し示した方へと歩き始めた。その一歩後ろを着いていくかのように、フリオニールも歩き始める…
左手に持ったものはライトニングには見えないように、細心の注意を払いながらそちらを気取られないよう他愛もない話をしながら歩いていくがその途中ライトニングがフリオニールを見上げたままふと呟いた。
「…随分嬉しそうだな」
「ああ…まあ、詳しいことは後から話すよ」
嬉しそうに見えるのも無理はない。
何せ、今自分の左手の中にある「もの」を手に入れたときに…真っ先に思い浮かんだのはライトニングの顔だったのだから。
これを渡したらライトニングはどう言うだろう、何を思うだろう。それを考えただけで楽しくなってしまっている今のフリオニールの表情が嬉しそうなのは当たり前なことで。
「なんだか良く分からないが、何かいいことがあったみたいだな」
「まぁ…な。その話は後から」
そんなことを言っている間に、仲間達から少し離れた場所へとたどり着く―そこで振り返ったライトニングは、相変わらず嬉しそうな表情を浮かべたままのフリオニールを真っ直ぐに見上げていた。
「それで、一体どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
「ああ…あのさ、これ」
ライトニングから切り出されて、フリオニールは左手に隠していた「もの」をライトニングに差し出す。
ライトニングはそれを見て一瞬目を丸くして…そして、すぐにフリオニールのほうに視線を戻した。
「お前、これを…どうして」
「今日行ったひずみで見つけたんだ」
そう言って、フリオニールは手にした「もの」…武器としては使えそうにもないサバイバルナイフの、柄の方をライトニングに向けて差し出す。
なんだか忘れられなかったのだ。他の仲間に比べて元の世界の記憶が薄いライトニングが、なんだかぼんやりとではあるけれど大切なものだと言っていたサバイバルナイフのことを。
何故そんなものが大切なのかまでははっきりとは覚えていない、と言われはしたものの…それはやはり、ライトニングのなくした記憶に繋がる何か、かもしれなくて。
それともうひとつ。彼らが武器を良く買うあのショップで、誂えるために何か「大切なもの」と交換しなければならない武器がいくつか存在していることもフリオニールの記憶の片隅にはあった。
つまりきっと、これはライトニングが武器を誂えるために必要なものなんだと、ごくごく当たり前のようにフリオニールはそう思っていた。
「きっと、これを必要としてるのはライトなんだろうなって思ったから…他の皆に無理言って俺がもらってきた」
「…ああ…そうだな、きっとこれは…」
ライトニングは差し出されたサバイバルナイフを受け取ると、その柄を手にしてじっと見つめ、そして大切そうに握り締めた。
その先にあるものはフリオニールの知らない「何か」。それが寂しくないといえば嘘になるがそれでも―今のライトニングに微かに浮かぶ、何かを懐かしむような表情だけでフリオニールは充分に満足だった。
「ありがとう、フリオニール」
「別に、俺が礼を言われるようなことじゃないさ。偶然手に入れただけだし」
「違う…あんな曖昧な話しかしなかったのに、お前がそれをきちんと心に留めていてくれたことが嬉しかったんだ」
視線をフリオニールのほうに戻したライトニングに浮かんでいたのは、その言葉どおりの満ち足りた笑顔。
その笑顔がフリオニールの心をしっかりと掴む―この笑顔が見たかった、心からフリオニールはそう思っていた。
自分の知らないライトニングの記憶がそこにあるとしても…自分が手渡した「それ」にライトニングが喜んでいる、こうして笑顔を浮かべている。
その影にあるものなどフリオニールにとってはどうでもいい。ただ、何よりも愛しいライトニングの笑顔を見ることが出来た。フリオニールにとってはそれが何よりの幸せだった。