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アルティミシアは小さく舌を打ち、暗闇の雲の方をじっとねめつける。
暗闇の雲は相変わらず、その視線など気にせぬかのようにじっとアルティミシアを見下ろしている。肩に纏わりつく触手は今にもアルティミシアに襲い掛かりそうにも、全くそんなことは考えていないようにも見えて。
―そう言えばかつて一度こんなことがあったような、なかったような―ふわふわと身体を宙に浮かせる暗闇の雲を見上げながら、アルティミシアはぼんやりとそんなことを考えていた。
しかし、別に自分は今思い出話がしたいわけではない―それに、暗闇の雲の言葉はアルティミシアの自尊心を傷つけるのには充分すぎるだけの強さを持って投げかけられていたから。
腕を組み、真っ直ぐに暗闇の雲を見上げる―今しなければならない話は、たった一つ。

「全てを見ていて助けに入らなかった…つまり、あなたも敵。そう認識していいのかしら。返答しだいでは今―」
「さあ、どうだろうな?わしには全てが関係ない―敵も味方も、わしには存在せぬ」

相変わらずもったいぶった言い方を好む暗闇の雲―世界が一度終焉を迎えたというのに何も変わりはしない。こちらに協力する素振りを見せるでもないが、敵意を感じるわけでもない―雲であるというだけにかどうにもつかみ所がない。
そんなアルティミシアを相変わらず見下ろす暗闇の雲の視線。アルティミシアとの間で、ふたつの視線が火花を散らす―それは先ほど、ライトニングと対峙していた時とはまた違う冷たい火花。
互いのそれに敵意はまだ含まれない。だが…アルティミシアには暗闇の雲の考えていることが分からない。
捨て置けば危険なのは分かっている、それは秩序の神の駒だった者たちと同じように。
―どうすべきかと思案する自分を見下ろす暗闇の雲の、その余裕ぶった笑顔が妙に気に障る。
そこから暫しの沈黙が2人の間を走り、そして。

「…いっそはっきり敵だと宣言すれば―この場であなたを倒すことも出来たのに」

その言葉だけを吐き出してアルティミシアはくるりと背を向けた。
そう―ここはまだまだ、秩序の神の駒たちの領域に近い。
ここで暗闇の雲とことを構えれば、彼らに気取られて余計な事をされないとも限らない―
望むものを手に入れるためには今はまだ、倒れるわけには行かないのだ。皇帝がその支配を完成させるその瞬間まで、自分はその隣にいなければならない―
明確に敵となり得るわけではない暗闇の雲に余計な手出しをして、それが自分に危機を招くことなど今のアルティミシアに許されるわけがない。そう考えれば、彼女のとるべき行動は自明の理とすら言えることで。
アルティミシアはそのまま、皇帝の居城へと足を進める―その最中、一度だけ振り返った。そこには相変わらず暗闇の雲の姿がある。
余裕ぶった笑みは変わらず、未だにアルティミシアを挑発するように見据えている―無論、彼女自身にそんな意思は全くないのであろう事もかつての戦いの記憶を呼び起こせばはっきりとわかるのではあるが。
暗闇の雲が笑っている、そんな些細なことに苛立ちを覚えている自分自身には気づかないふりをして―アルティミシアは冷たく、一言だけ言い放った。

「敵でも味方でもないのなら金輪際私の前に姿を見せないことね。次に会ったら…力ずくでも、服従させる」
「脅しているつもりか、それともわしを簡単に懐柔することが出来ると思っておるのか…いずれにせよ、滑稽な」

暗闇の雲の言葉には答える意味もない。味方をする気がなくとも、敵でないと言うのであれば捨て置いても構わない―それが、アルティミシアの考えたこと。
今無駄に彼女と事を構えるのは良くない、それが分からないほどアルティミシアは愚かではない。
それならば今は一時、彼女のことは放って置くのも方法のひとつではあった。そもそも、敵にも味方にもならないと言ったのは彼女ひとりではない。
それに過去の戦いでも彼女は自由気ままに動き回っていた。別に放って置いても、計画の支障になるとは考えられない―皇帝の支配が完成したそのときに、彼女の処遇は改めて考えれば良いだろう。

「どちらにせよ、貴女に与えられた選択肢は私たちの手にかかるか私たちに従うかのどちらかしかない―皇帝の支配が完成するそのときまでに精々考えておくことです」

捨て台詞のようにそう言い残し、アルティミシアは歩き始めた―皇帝の居城へと向けて。
このことについては皇帝に報告しなければならない。そのときに彼がどう判断するか、そして―自分にどのような命を下し暗闇の雲をどう処遇するのか、それを聞いてからでも暗闇の雲と争うのは遅くはないだろう。

「…魔女からただの女に成り下がったか、哀れなことよ」

再び雲の中へと消え行きながら背後で放たれた暗闇の雲のその言葉は―アルティミシアの耳にはついぞ届くことはなかった。


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