Chapter/06+-2/2-






背けられた頬に右手を添え、アルティミシアは皇帝の視線を自分の方へと取り戻す…いかにも不機嫌そうな皇帝の視線はねめつけるようにアルティミシアの瞳を捕らえる。
そして左手で皇帝の唇をなぞってみせた―唇に差された紫紺の紅がアルティミシアの指を微かに染める。
染まった指を己の唇に運び、アルティミシアの舌がその紅を舐め取る…皇帝に向けられた艶っぽい視線に、皇帝の唇の端が微かに上がる。

「この私を誘惑しているつもりか」
「誘惑は貴方の十八番だったのではないの?」
「だから訊いているのだ…身の程知らずにも私を誘惑しようとしているのか、と」

アルティミシアが答えるよりも先に、皇帝の右手がアルティミシアの手首を掴み強く引き寄せる…そして右手はアルティミシアの腰へ添えられ、その唇は露わになったアルティミシアの腹部に押し当てられる。
こうして身勝手に抱かれることにももう慣れた―アルティミシアは内心そんなことを考えながら皇帝の頭をかき抱く。
押し当てられた唇から微かに舌が差し出され、腹部をなぞり緩やかに上方へと動き始める…それと同時に手首を掴んでいた手はドレスの中へ。何のためらいもなく太腿に触れた皇帝の手はたった一箇所を目指し躊躇いもなくその肌を滑る。
求められる以上疎まれはしていない、それは分かっている―だが、皇帝の「行為」の先にあるのはただの欲情のみ。愛など微塵も感じられない、性急で身勝手な愛撫にいつものように身を委ねながらアルティミシアは声を殺し、静かに目を閉じた。
それでもやはりどこか興が乗らないことを見抜かれたのか―皇帝の視線は冷たくアルティミシアの目を見上げる。

「どうした?私に抱かれたかったのではないのか?」
「…抱かれたいのではなく愛されたい…私がそう言ったら貴方はどうするのかしらね」

強がるようにそう呟いた言葉に皇帝は不愉快そうに眉根を寄せ―吐き捨てるように短く一言。

「くだらないことを。愛など足枷にしかならぬ」
「…でしょうね」

それ以上の言葉を皇帝に望んでも仕方がないことをアルティミシアは既に知っている。
彼がもし何かを愛しているとしたらそれはきっと己の力のみ―長らく側にいるのだ、その程度のことは既に分かっている。
これ以上、言葉は不要。アルティミシアは再び自分の身体を弄ぶように這い回り始めた皇帝の手の感触に身を委ねて目を閉じる…そこで、皇帝が思い出したかのように口を開いた。

「そう言えば、面白いものを見た」
「…面白いもの?」
「彼奴が女を連れていた―それも、ただの仲間と言うわけではないらしいな」

皇帝が言う「彼奴」が誰を指しているのか、アルティミシアにもはっきりと分かっている―皇帝がこの城を一度離れたのは彼の、フリオニールの様子を確かめに行ったのだと言うことは知っているのだから気づいて当然とも言うべきではあるが。
先の戦いで見た、あの直情な青年の姿を思い浮かべる。あの青年が、誰かを想い愛している姿などアルティミシアには到底想像が出来なかった、が。
そんなアルティミシアの考えなど知らぬこと、とでも言いたそうな皇帝の口の端に浮かんだのは残虐さすら感じさせる薄い笑み。

「ライトニングとか言ったか…あの女を私が支配下に置いたらそのとき彼奴はどんな顔をするのだろうな」

短く呟いたその言葉とともに―笑顔の影にうっすらと浮かんでいた残虐さがよりその色を濃くする…それは丁度、肉食の獣が獲物をすぐに喰らわずに甚振っている時のような、どこか稚気すら感じさせる残酷さで。
皇帝の笑みなど見慣れているアルティミシアとは言えど、その笑顔には流石に戦慄を隠せない。
残酷さと秘められた狂気―皇帝の心の深淵に眠る混沌を垣間見たような気がして、この男を敵に回してはいけないと言う思いはアルティミシアの中でより強くなる―元より、敵になる気など毛頭なかったとは言え。

「相変わらず趣味の悪いことを」
「なんとでも言うがいい…だが、言っただろう。愛など所詮足枷にしかならぬ、と」

冷酷な声で言い放つと、皇帝の手は再びアルティミシアの身体を思う様弄び始める。
その手に触れられるたび、その舌になぞられる度―微かに声を上げ、身体の奥から生まれ来る熱に耽溺してゆく…その姿を、感情など見えない表情のままどこか冷めた目で見つめる皇帝の視線に…片隅に冷たく蟠る感情を押し殺すように。
愛など持ち合わせていない男の、ただの支配欲の発現でしかない愛撫に身を委ねながらアルティミシアはゆっくりと目を閉じた―今だけは、何かを考えることはしたくない。
だが―そんなアルティミシアの脳裡にふと思い浮かんだひとつの考え。

―…貴方があの坊やを恐れるというのなら…私は私に出来ることをすべきでしょうね…

その考えは口には出さないまま心の底へと仕舞い、再びアルティミシアは考えることを止め自分を蹂躙する快感に身を委ねた―


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