Chapter/15+-1/2-






秩序の神の戦士達が「地獄」から―彼の、ガブラスの潜むひずみから立ち去って間もなく。
耳を澄ませばようやっと足音であると聞き取れるような微かな音がガブラスの耳に届く―その足音が誰のものなのか、同じ世界からやってきたわけではないとは言えかつて彼女を「宿敵」と見做していたガブラスが気づかないはずがなくて。

「…輪廻を逃れた者が今更俺に何の用だ」
「あらあら、随分な言い草ですこと。わたくしがあなたを忘れていたのがそんなに気に食わなくて?」

最後に戦った時から今までは本当に気が遠くなるほど長い時間が経っているはずだというのに、ガブラスの記憶に残る「彼女」と今自分の背後にいるであろう彼女にはなんら変わるところはない。
何故だろう、彼女とは宿敵同士であったはずなのに奇妙な懐かしさすら覚える―そんな不思議な感覚に捕らわれるガブラスが何を思っているかなどお構いなしといった風情で、シャントットは自分に背を向けたままのガブラスの正面へとことこと移動してきた。
そして、最後に出会ったあの時と同じように自信ありげな笑みを浮かべガブラスをじっと見上げている。

「神々の戦いが終わった途端に迷い子が随分増えてしまったようだな」
「失敬な。私は自らの意思でここにやってきましたのよ。ほんの少し次元を歪めはしましたけれど」

涼しい顔で言ったシャントットに、ガブラスからは自然と溜め息が漏れた。
かねてから思っていた、彼女は何度戦いを繰り返しても傍若無人なままだと。小さな身体に似合わぬ尊大な態度に苛立ちを覚えたことも一度や二度ではない―それすらも、ガブラスにとってはとてもとても遠い記憶ではあったが。
そう考えれば一体自分はどのくらいの時間をこの「地獄」で過ごしていたのだろう。思い返しかけて―すぐに、やめた。
その代わりに、何のつもりかは分からぬがこの「地獄」を訪れたシャントットの、真っ直ぐに自分を見上げる視線をちらりとだけ見てすぐにそちらからは視線を反らした。

「…もう一度聞く。俺に何の用だ」
「…戦うことを諦めた負け犬を嘲笑いにきた、といえば満足かしら」

シャントットの言葉に、胸の奥に湧き上がる不快感―かつて彼女と対峙したことは何度もあったが、その中では感じたことのないような言い知れぬ不快感をシャントットの言葉に対して感じる。
彼女がこんな、尊大で他人を下に見るようなものの言い方をするのはかねてからそうであったというのに。それが何故今は特に、ガブラスの神経をこんなにも引っかくのだろうか―
言葉を失ったままのガブラスに対して、小さな声でシャントットは言い放つ。冗談ですわよ…と。
だがそれが本当に彼女の言葉どおり冗談であったとしても、先刻の一言でガブラスは―シャントットに対して心を閉ざしてしまっていた。
兜の奥の表情が見えないからだろうか、シャントットはガブラスのそんな感情の変化になど気づいていないかのように―あるいは本当に気づいていないのかもしれない―はっきりとした言葉を連ねてゆく。

「わたくしはわたくしの平安が守られればそれで構いませんの。ただ…プリッシュ、それにあの戦士達はそうではない」

一瞬、ほんの一瞬だけ―シャントットの表情が和らいだように見えたのはガブラスの目の錯覚だろうか、それともただの気のせいか?
しかしその答えが出るよりも先に、シャントットは更に言葉を繋いでゆく。それはまるで、ガブラスを諭すような響きを持って―

「出来ればわたくしの出る幕がないほうがわたくしとしてはありがたい…どうです、あなたもう一度戦ってみる気はありませんこと?」
「…今更戦いの場に出て行くつもりなどない」

ガブラスが放った言葉に、シャントットは驚いたような表情を浮かべる。まるで拒否されることを予想すらしていなかったかのような―何故彼女がそう思えたのか、ガブラスは逆にそこを聞いてみたいと思ってもいたが。
だがそれ以上何も言うことはなく、ガブラスはシャントットに背を向ける。その姿を見ることすら今のガブラスにはとてつもない苦痛のように思えたから。


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