終章-3/4-
そうしてどれほど歩いていただろうか…そろそろ、太陽が西に傾き始める。
あの時確かに甦ったはずの世界は再び荒れ果てていて、空を雲が覆っている。
それでも確かに夜が近づいてきているのを感じて、フリオニールはどこで夜を明かすべきかとぼんやりと考えていた。
その時ふと…通り過ぎかけた岬の先端で、海を眺めている女性の後姿が目に入った。
…薄紅色の髪と深紅のマントが風になびく。
どこか懐かしくも思えるのに、その懐かしさの正体が全く分からない。
声をかけようにもなんと呼べばいいのかすら分からず立ち尽くすフリオニールの気配を感じたのか「彼女」はゆっくりと振り返り、そして―驚きと共にどこか懐かしいものを見たような表情を浮かべる。
…きっと、「彼女」もかつて自分の仲間だったのだろうとその表情が物語っている。
だが、今までに出会ってきた、自分を知っているのに自分が知らない誰かと同じように―自分は「彼女」のことを知らない…
「…フリオニール…」
名前を呼ばれて、自分の想像が正しかったことを悟る。しかしそれでも記憶の中にあるはずの「彼女」の姿が呼び覚まされることはない。
そう言えば…かつて出会った、どこか懐かしさを感じたあのイミテーションによく似ている…フリオニールはふとそんなことを思った。
もしかしたらあのイミテーションは彼女を元に作られたものだったのかもしれない。
だとしたら、彼女はやはり自分と何らかの関わりがあったはずだ―そこまでは分かるのに、その先にあるはずの記憶が甦ることはない。
懸命に記憶を辿っても見つからない「彼女」の姿に、フリオニールの口から出たのはたった一言。
「すまない…俺…」
「………そうだな、覚えているわけがないか。そもそも忘れてくれと言ったのは私だった」
フリオニールが短く告げた詫びの言葉に一瞬目を伏せた「彼女」はそのまま脚を進める。そして、足早にフリオニールの隣を通り過ぎて―
去っていこうとする足音が背後で聞こえる。一歩、また一歩とその足音が遠ざかる…
小さくなってゆく足音に、フリオニールの胸の奥で何かがちくりと痛む。
「待ってくれ………ライト」
何かを考えるよりも先にフリオニールはそう呟いていて…そして、背後で響いていた足音が止まった。
それに気付いて反射的に振り返る。自分と同じように振り返り驚いたような目で自分を見ている「彼女」の姿がそこにはある。
自分でも全くの無意識のうちに「ライト」と呼んでいた、その彼女がじっと自分を見つめている―言葉すら出てこないような様子で。
「あれ…俺、なんで…」
何故今自分は彼女を呼び止めた?
それよりも何故、今彼女の名前を呼ぶことが出来た…?
「彼女」を行かせてはいけない。
何故かなんて…そんなことはフリオニールには分からない。
だが、このまま「彼女」が去るのを見逃してはいけない。そう強く思ったから、だから彼女を呼び止めた。
では…記憶の中に姿をみせない「彼女」の名前を呼べたのはどうして―?
ずきり、と頭の奥で何かがうずく。
頭が痛むのと同時に、フリオニールの中で響き始める声―それが今、目の前にいる「彼女」のものと同じだと気付くのに時間はかからなかった。
―…私と戦え…―
その冷たくも見える瞳の奥の優しさが何故か懐かしくて…
―お前にとって必要なんだ。人の目なんか気にするな―
強く鮮やかに、その言葉がフリオニールの心に刻み込まれてゆく。
―責めるつもりはないし焦ることもないだろう…―
自分を見つめる視線に何故か、胸を締め付けられる。
―失望なんて…するわけがないだろう…―
鋭さの裏に隠した優しさがフリオニールの心をそっと包み込む。
―律儀だな、お前は。そこがお前のいいところだとは思っているが…―
どうしてなんだろう、「彼女」と離れてはいけない気がして…
―愛してる…お前を愛してるんだ、フリオニール…―
耳の中に響いたその言葉と共に、フリオニールの中に甦るのは…強く鋭く、そして優しい閃光…