落胆-1/3-






…元の世界の記憶など、何も残っていないはずだった。
それが何故か、「あの男」を見た瞬間に激しい憎悪が心の中に甦ってきた…

「皇帝…か」

その名前しか記憶にない。自分とどんな因縁があったのかも全く覚えていないのに、それでもあの男だけは倒さなければならないと―それは本当に、直感としか言いようがなかったがフリオニールはそう感じていた。
…その結果、自分は深く傷つき…目を覚ましたらコスモスの近くで休まされているところだった。
コスモスの力か、その傷は既にさほど深くはない。
目を覚ましたフリオニールにコスモスは彼女らしいどこか悲しそうな表情で…それでも戦士たちを力づけるものとして気丈に微笑んでみせる。

「ヴァンがあなたをここまで運んできてくれたのです」
「…そうか、ヴァンが…ありがとうコスモス、ヴァンを探して礼を言っておくよ」
「それともう一つ。運ばれてくる前にあなたの傷は魔法で癒されていました。ヴァンには癒しの魔法は使えない…どういうことか、わかりますね」

つまりそれは、ヴァンの他に誰かが傷ついた自分を見ているということ。
しかし癒しの魔法が使える仲間と言っても誰がいたことか、と思いながらもう一度短くありがとう、と告げてフリオニールはコスモスの元を離れた。
さて、肝心のヴァンはどこにいるのだろうか…きょろきょろとあたりを見渡したそのとき、自分に背中を向けてどこかを見ている見慣れた背中がその目に映る。
…そう言えば、ライトニングは…

「ライト…あのさ」
「怪我はもういいのか」

質問をするよりも前に、呼びかけに答えて振り返ったライトニングが放った言葉がフリオニールの聞きたかったことに対してはっきりと答えを出している。
それに言葉は短くぶっきらぼうだが、ライトニングの目の色は明らかに普段とは異なっている―それは恐らく、先ほどの自分の姿をライトニングが見たということの何よりの証左。

「あ、ああ…もしかして、俺に魔法をかけてくれたのは…君か?」
「大したことはできなかったがな。あのままほうっておくわけにもいかないだろう」

それが決して特別なことでもなんでもない、とでも言うようにライトニングは言い放って再びフリオニールに背中を向けた。
ちくり、とフリオニールの心に棘が刺さる。なんだかまるで、ライトニングに自分には関わりたくないと言われているようで。

「あの、ライト」
「…知っている奴だったのか?」

こちらを見ようとしないライトニングの声はいつもよりもどこか冷たくて、遠いようにすら感じて―胸が、痛い。
ああ、駄目だ。と心の中だけで呟いていた。
こんなことで、たったこれだけのことで思い知らされる―自分の中の、ライトニングへの想い。
ぐっと唇を噛みながらも、ライトニングの問いかけを無視することも出来ず。

「…よく、解らない。でも…多分そうなんだと思う」

あの顔を見た瞬間に甦った「何か」。
それが何故なのか自分にも解らない、でもはっきりと「憎悪」と解る強い感情―自分は何故、あの男をここまで強く憎んでいるのだろうか。
本当の名すら知らない、ただ「皇帝」と言う名しか思い出せないというのに。・
フリオニールの言葉に、ライトニングは再び彼を視線に捉えようとするかのように振り返った。
いつもよりも更に感情が希薄に見えるそんな表情…フリオニールの心を最初に捕らえた、あの柔らかい笑顔とは同一人物と思えないほどに、冷たい瞳。

「それならば…あの男と戦うことは記憶を取り戻す切欠になるかもしれない。だが」

ライトニングの脚がゆっくりとこちらへ向かう。そして自分の隣をすり抜けるその身体…すれ違った瞬間、軽く肩を叩かれた。

「無理はするな。今のお前では恐らくあいつに太刀打ちできない」
「…ライト…」

心のどこかではそれを解っていた、はずだった。
しかしそれをはっきりと言葉にされたことでフリオニールの心には昏い影が落ちる―まして、その言葉を放ったのがライトニングだったとあっては、余計に。
もしも今ここに誰もいなければもしかしたら悔し涙の一つも零れていたのかもしれない。
そうならなかったのは、目の前にライトニングがいるから―恋焦がれている相手の前で涙を見せるような真似だけはしたくないと言う、フリオニールなりの意地があったから―

立ち去るライトニングの背中のマントが、びゅうと鋭い風で揺れる。
たなびく紅色を目にしてそこで、ライトニングに礼を言うのを忘れていたことを思い出した…しかし今のフリオニールに、ライトニングを追いかけることは出来なかった。
今追いかけてもきっと、弱い自分を曝け出してしまうだけのような気がして。
ライトニングにはそんな弱いところはもう見せたくなくて―


「お、もう怪我はいいのか?」

ライトニングの背中を呆然と見つめながら立ち尽くすフリオニールの背後から、聞きなれた明るい声が聞こえる。

「ヴァン…そう言えば、お前がここまで俺を運んでくれたんだったな。ありがとう」
「いや、礼ならライトに言っといて。ライト、ひとりでお前を運ぼうとしてたんだぞ?よっぽど重かったんだろうな…あの時のライト、ちょっと泣きそうになってたし」
「…あ、ああ」

つい今しがた、そのライトニングに礼を言いそびれたなどとは言いづらくてフリオニールはヴァンから目を逸らす。
ライトニングの手をそこまで煩わせたこと、そしてその後に取られたあの冷たい態度にフリオニールの心はまたしくしくと痛み始める。

「失望、させたのかな」
「…ん?」

自分にもようやっと聞こえる程度だった呟きをヴァンが聞き漏らしてくれたのはフリオニールにとっては不幸中の幸いだった、かも知れない。


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