自覚-side/L- -2/2-






「とりあえず聖域まで連れて帰るか」

ライトニングはフリオニールを背負うようにして聖域に向かって歩き始めた。
それにしても―決して弱いわけではないフリオニールを一撃の下にここまで傷つけるとは、フリオニールと戦っていたのは一体何者なのだろう。
そして、こんなにも傷つきながらフリオニールは何故立ち上がり、ライトニングにとってはまだ見ぬ敵を追おうとしたのだろうか…ライトニングには、解らない。
しかし。
「解らない」ことが、ライトニングの心に小さく爪を立てる。

解るはずがないのだ。
そもそも、きっと何一つ重なり合わない世界からやってきている。
生まれた場所も育った環境も、生きてきた世界も全く違うのだ。
そんなフリオニールのことがわからないのは当たり前なのだ。
それなのに、何故かそれが些細な苛立ちとなる―ライトニングにも理由は解らないままに。

「っと、ライトと…フリオニールか?一体何が…」

その2人の姿を見つけたのか、ヴァンが駆け寄ってくる。

「私にも解らない。ただ、誰かと戦っていて…そのまま、倒れたようだ。怪我はしていたがそこまで深くはない、コスモスのところまで連れて行ければ大丈夫だろう」
「よし、じゃあ俺がフリオニールを連れて行く。流石に、ライトが運ぶのは重いだろ」

ヴァンはフリオニールを横抱きに抱き上げると、重そうにしながらも走り始めた。
正直に言えばヴァンの申し出はありがたかった。ライトニングよりも体格が大きく、更に全身を覆うものではないとは言え鎧を着込んでいるフリオニールはライトニングからしたら相当の重量になるのだから。

「悪いな、ヴァン」
「気にすんなって。じゃ、俺先にコスモスのところに行ってくるから」

決して軽やかとは言えないがそれでもフリオニールを抱き上げて走ることができるのだからヴァンの力は大したものだ、などと考えながらその背中を見送る―

そしてライトニングが思い出すのは、先ほどのフリオニールの様子。
フリオニールは倒れる直前に、戦っていた相手の名を呼ぼうとしていた。
つまりそれはフリオニールが知っている相手―ともすれば、元いた世界の記憶を持った人間なのかもしれない。
そして自分が見たことのない表情、言葉にするのなら―“憎悪”に彩られたフリオニールの表情を思い出し…ライトニングの胸がぎゅっと締め付けられた。

たかだか、あの花を返してほしいというようなことが言い出せなくておろおろとしていた時の。
よく見えるようにと、あの花を自分に向けてかすかに微笑みながら差し出した時の。
ジタンにからかわれでもしたのか、かすかに頬を赤らめながら悔しそうな表情を浮かべていた時の。
そんな全てのフリオニールの表情を思い返し、そして―それがどうしても先ほどのフリオニールと重ならなくて、ライトニングの中に生まれた違和感は形を変えてその心を染めていく。
そう。自分はフリオニールのことを何も知らないのだ―

無論、他の仲間のこともそこまで詳しく知っているわけではない。
そしてそれに対して別段何を思ったことがあるわけでもない。

では何故、フリオニールだけは…「知らない」ことがこんなに…辛いのだろうか。
どうせフリオニールだって自分のことを何も知らないだろう。お互い様なはずなのに、どうして。

「ああ、そうか…そういう、ことか」

何故だか急に可笑しくなって、ライトニングは声をあげて笑い始めた。
フリオニールと共にいることが何故か嬉しかった。
時折かわす言葉、全く掴めないまでも語り合うかすかなお互いの記憶。
そんな時間がいつの間にかかけがえのないものになっていたことに、今ようやく気がついた。
無意識にフリオニールの姿を探していたのも理由は同じ―
だから、辛かった。自分にとってかけがえのない時間を一緒に過ごしているはずのフリオニールのことを結局自分が何も知らなかったことが。
それは「あの花」が繋いだのが自分の過去の記憶だけではなかったから―

「結局は私も女だったということか」

胸に手を当て、ライトニングはそっと目を閉じた。
そしてそこで再び耳に甦るティファの言葉。

―付き合ってたり、とか?

自分たちは調和の神に呼び出された駒。
愛だなんだなどと浮かれたことを言うようなことが許される世界じゃない…だが。
気付かない振りなど出来ない―自分は今はっきりと…

「…言えないが、な」

かすかな呟きは、聖域の空に静かに消えた。
いつか互いの世界へ還る定め。その時には望むと望まざるとに関わらず別れはやってくる。
それまではこの想いを胸に秘め続ける。

目を開けたライトニングの、その瞳に映っていたのはひとつの決意。
この世界から元の世界へ還ることになる日までこの想いは胸に秘めて生きてゆく。

そしてもしも、この戦いが終わって元の世界へ還る日がやってきたならば。
その前に、彼にだけそっと打ち明けてこの世界から去ればいい。

「…カオスと戦うよりも過酷な戦いになるかもしれないな」

呟いたライトニングの表情に浮かんでいたのは…言葉とは裏腹の、かすかな笑顔だった。


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