たとえ凍てついても-1/3-






言葉すら届かない崖の上から呆れたように下を見下ろしている仲間達の姿に、ライトニングは言葉もなくふいと崖の上から目を逸らす。
目を逸らした先には、気を失っているフリオニールの姿。ここがエルフ雪原であることが幸いして、大した怪我をしているわけでもなくただ落下の衝撃で意識を飛ばしているだけのようではあるが。

「フリオニールは大丈夫なのか?」

わざと叫ぶように崖の上のカインからかけられた声に、ライトニングは視線を崖の上に戻して大きく頷いてみせる。その動きだけで、特にフリオニールは心配するような怪我をしていないことは伝わるだろう。
こちらを心配するように覗き込んでいるカインとティナ、それにラグナの顔を順番に見るとライトニングは腹に力を入れ、よく通る声で崖の上に向かって声を張り上げた。

「先に行っていてくれ、フリオニールが目を覚ましたらすぐに追いかける」

その言葉に対してカインとラグナが顔を見合わせ、そしてすぐに頷きあった。彼らは勿論分かっているのだろう、ライトニングは一度自分でこうすると決めたことを簡単に捻じ曲げるような女性ではないと。
頷きあった視線はすぐに外され、そして2人の間にいたティナがライトニングのほうへと顔を向ける。両の手を口の横に添え、そしてティナらしくない大きな声が崖の下に向かって響き渡った。

「もう少し行ったら傾斜が緩やかになってるところがあるの。私たち、そこで待ってるから…慌てなくていいからね」
「ああ…済まない」

ライトニングのその返事を聞くと3人は崖から離れ、「傾斜が緩やかになっている」と言う場所に向けて足を進めていた。
その背中を崖の下から見送り、ライトニングはひとつ息を吐いて…そして、フリオニールの方を見遣るとそちらに歩み寄った。
ううん、と小さく声を立てるフリオニールだが目を覚ますわけでもなく。このまま暫く気を失わせておいた方がいいのか引っ叩いてでも目を覚まさせたほうがいいのか―躊躇いながらも、ライトニングは雪の上に腰を下ろした。

ことの起こりはとても単純なことだ。
崖の上でイミテーションに襲われ、その攻撃をかわそうとしたところで足元にあったはずの柔らかな雪が崩れ、フリオニールが崖の下に落下した―落下地点には雪が積もっていたので怪我をすることはなかったわけだが、フリオニールが落下したのを確認するや否やライトニングは自分もまた崖の底へと滑り降りたのであった。
足元が崩れたことで体勢を整えきれず受け身を取り損ねたフリオニールは雪の上で身体を強く打ち、衝撃で気を失っていた。
ライトニングは明確に、フリオニールを助けなければいけないと思って滑り降りたので勿論きちんと受け身を取った上フリオニールに駆け寄ってその無事を確認した―その段階でようやく崖の上に残してきた仲間達は何を思うだろうか、とふと気付いて見上げると呆れたような3人分の視線があった―と言うのがここまでの経緯。

「また仲間にあれこれ吹聴されるんだろうな」

面倒そうに呟いたライトニングではあったが、面倒だからと言って崖から落ちた仲間を放っておくことができるわけがない。それがフリオニールなのだから尚更。
寧ろ今は先に行くことを選択した3人だって、今回落下したのがフリオニールだったからこそライトニングに任せて進んだのだろうことは容易に想像がついた。
例えばもしもこれが―そもそもフリオニールに比べれば随分軽いので雪の上に乗ったところで雪が崩れるとは限らないが、それでももしも今崖の下で気を失っているのがオニオンナイトだったら自分の代わりにここにいたのはきっとティナだったはずだ。ライトニングにだってそのくらいのことは分かる。
ぼんやりとそんなことを考えながら、瞳を閉ざしたままのフリオニールの頬に触れる。長い時間雪の上に倒れていたのだから当然かもしれないがその身体は随分と冷え切ってしまっていた。
…掌に触れる冷たさが、理由すら分からないままにライトニングの心の中に強い不安を呼び起こす。
そこにいるフリオニールが「ひと」でなくなってしまうような、得体の知れない不安と恐怖―手に感じたその冷たさがライトニングの心に果てしない底冷えを与えているような錯覚に、ライトニングは強く首を横に振った。
ライトニングの体温まで奪ってしまうようなその冷たさが恐ろしくて―冷えなのか恐怖なのかは分からない、ただ何かを振り払うかのように、ライトニングはフリオニールの頬を軽く何度か叩く。

「目を覚ませ、しっかりしろフリオニール」
「ん…ん?」

ゆっくりと開かれる瞼、焦点すら定まらないまま動き回る視線。そして、曖昧な輪郭のままの琥珀色にライトニングの姿が映る。
その瞬間に瞬きを何度か繰り返し、やがてぼんやりとしていた意識が澄んできたのかフリオニールは頭に手を当てて緩慢な動きで身体を起こした。


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