ひとことだけの魔法-1/4-






その日、彼らは随分と深いひずみの中にいた。
前の日にウォーリアオブライトが下見をしていた限りでは恐らく10階層ほどあるのではないか、と言うことで慎重に準備が進められ、中に入るメンバーも慎重に選抜が行われている。
それでも続く厳しい戦いに、前線で戦っていたフリオニールは額に浮かんだ汗をぬぐって大きく息を吐いた。
ただ深いだけでなく、行く手を阻むイミテーションはかなりの強さを誇っている。
きちんと考えて戦えば途中で倒れてしまうことはないだろう、そうは思いながらもまだまだ深淵への入り口だけをのぞかせたままのひずみから抜け出ることは出来そうにもなくて。
思えばひずみに入ってから相当時間が経っている様な気がしている。今、どのくらいの時間帯なのだろうか―ひずみに入ったのは朝のうちだったが、この調子だとひずみを出る頃には日が暮れているかもしれない。

「あとどのくらいあるんだろうな」
「さあな。ま、それは分かんないけど…色々宝もあるみたいだし、楽しまないと損だって」

簡単にそんなことを言い放つバッツの言葉に、かすかな苦笑いを交えながらもフリオニールは短くそれもそうか、とだけ答えた。
しかし、そんな話をしている場合ではない。未だ自分たちの行く末をイミテーションが阻んでいるのだから。
張り詰めた心が今、ほんの少しの安らぎを求めている―その自覚はある。戦いが続く中、脳裡に浮かぶのはライトニングの姿。
致命傷とは言えないまでも傷を負い、それでも戦い続ける中でどうしてもライトニングが、側にいるだけで何よりも強い愛しさと安らぎを感じさせるその存在が恋しくなってしまう―だが今はそんなことを考えるよりもただ、進まなければならない…それはフリオニールにだって分かっている。
今は戦いの中。甘えも弱さも、今は必要ない―そう、心の中で呟いてフリオニールは足を進める。その視界には未だうごめき続けるあまたのイミテーションを捕らえたまま。


「…ひずみに向かった連中の帰りはどのくらいの時間になるんだろうな」

食事当番に当たっている為、食材を切り刻みながらライトニングは隣で調理を手伝っているユウナに向かってそう問いかける。
ユウナは鍋の火の様子を見ていたが、ライトニングの言葉に顔を上げ視線をそちらに移した。

「下見に行った人の話だと相当ひずみは深いって話でしたし、もしかしたら遅くなるかもしれませんね」
「そうか…冷めてしまうな」

ふつふつと沸き立ち始めた鍋の中を覗きながら、ライトニングは小さな声でぽつりと呟く。
呟いた声を聞いたのだろう、ユウナは優しく微笑みを浮かべてその肩をぽんぽんと叩いた。

「大丈夫ですよ。冷めてしまっても温め直せばいいし、それに…ライトが作ったものなら冷めててもフリオニールは多分喜んで食べるはず」
「別にフリオニールだけの話をしているわけではない…いや」

反論はしたものの、それでもやはり否定しきれないことくらいライトニングはとっくに気づいていた。
切り刻んだ食材を鍋の中に放り込みながら、ライトニングはひとつ息をついて上空を見上げる―ひずみで戦っているはずのフリオニールの姿が見えた気がしたのは、それだけ彼女が毎日のようにフリオニールを見ているから…脳裡に焼きついている、のだろうか。


「ねえラグナ、今どのくらい進んでるのかな?」
「多分…6階層か7階層か8階層?」
「…結局どこなんだ」

ティナとラグナ、それにスコールのそんなやりとりを一歩後ろから眺めながら、フリオニールはひとつ溜め息をついた。
この調子では恐らくまだ暫くひずみから出ることは叶わないだろう。正確な時間はわからないが、出る頃には夜も更けてしまっているかもしれない。
その溜め息に気づいたのか、ラグナはフリオニールのほうを見て苦笑いを浮かべる。

「早く帰って愛しいハニーに会いたい、って?」
「別にそう言うわけじゃない」

そうは言ったもののなんだか図星を指されたような気がして、フリオニールは慌てて目を逸らす。それだけでフリオニールの考えていることがわかったのか、バッツとラグナは意味ありげに笑いティナも小さく笑みを零した。
勿論、笑われた理由がわからないほどフリオニールは鈍感なわけではなく。首を横に振ると仲間達の方へと静かに視線を移した。

「今はそんなことを考えている場合じゃない…進まなきゃいけないんだ」
「そうだな」

自分に言い聞かせるように呟いた言葉にスコールが短く返した返事、それに対してフリオニールは頷くと烙印の手前にいるイミテーションの方へと足を向ける。
戦うべきは自分、なんとなくそんな気がして…他の仲間が声をかけるよりも先にすらりと剣を抜き放った。

「フリオニール、大丈夫?さっきからずっと戦い詰めだけど」
「ああ…先へ進む為に、皆のところに帰るために…戦わなきゃいけない、だろう?」
「真面目だなー、フリオニールは」

からかうようなバッツの言葉に返事は返さない―返せるほどの余裕がない。
真顔でイミテーションを視界に捕らえ、そして自然とフリオニールの足はそちらへ向かって駆け出していた。


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