リクエスト作品 | ナノ






「色んなアップルパイがある…幸せだ…」
「そんな姉さんを見れる俺も幸せです…」
「犬、あそこの棚にあるやつ全種類買ってこい」
「ワン!」
「俺…そろそろセツが不憫に感じ始めたぜ…」
「そうか、ロイカは今度の報酬の分け前がいらないと見える」
「あ、犬が帰ってきましたよナマエ隊長」
「簡単に裏切ったなロイカ…」

ナマエ達特攻隊がいるパイ専門店では、アップルパイのような甘いパイからつまみ用の塩気の利いたパイまである。最早セツが覚えた買い出し表など初めから無かったかのように、ナマエはそれらを大量に買い占めた。

「こんなに買って食いきれるんですかー?」
「馬鹿を言うな、買ったからには無駄にしない。こいつらは明日と明後日の飯だ」
「飯!?」
「え、おやつじゃないんですか!?」
「ミートパイとかもあるぞ?」
「あっその『自分は何も間違ってないけど何言ってんの?』って顔やめてください!」
「くそぅ!小首傾げてる姉さんも素敵!抱いて!」
「お、あっちのパイも美味そう」
「あぁ、俺等を完全にスルーして違う店に向かう姉さんも格好いい!」
「抱いて!!」
「(他人の振りしよ)」

ナマエは道のど真ん中に座り込んで叫びだす隊員を放置し、ショーケースを覗き込む。黄金色のパイが並ぶそこはナマエにとって天国のようなものだった。

「お兄さんもパイが好きなの?」
「あぁ。アップルパイが好きなんだ。自分でも作ったりするんだが、こういう島はアップルパイだけでも色んな種類があっていいな」

嬉しそうにパイを見つめているナマエに、店員の少女が声を掛けてきた。ナチュラルに性別が間違えられていることは言及しない。毎度のことである。

「お菓子作りするの?お兄さんが?」
「あぁ……似合わないか?」
「ううん!そういう意味で言ったんじゃないよ」

訝しげな顔をした少女に、思わず無表情になったナマエ。少女は慌ててナマエの疑問を否定し、エプロンのポケットから一枚のチラシを取り出した。

「あのね、お菓子作りが好きならこれがおすすめだよ」
「?これは…」
「プロや島の人達じゃなくても参加できるの。お兄さんもよかったらどう?優勝したらね、――――……」
「…――――そうだな」

少女からチラシを受け取ったナマエは店で買ったパイを隊員に渡した後、島の中央にある大広場を目指して歩き出した。




≡≡≡≡≡≡




「――…や、やっと終わったぁあああ!」
「お、ハルタ隊長終わりました?」
「そろそろ日が暮れますよー」
「えぇ!?もうそんな時間!?」

日が傾き始めた頃、モビーディック号の甲板にハルタが顔を出した。それを十二番隊隊員が苦笑いで歓迎する。隊員の声に慌てた様子で腕時計を確認するハルタだが、時計の短針は五を横切っていた。

「もう!何であの表の罫線歪んでたの!?そりゃ数字もずれるし計算も間違うって!」
「(歪んだ罫線を書いたのも計算したのもハルタ隊長ッスけどね)」
「(しっ!)」
「俺今からお菓子買ってくるから!晩御飯は取っといてってサッチに伝えてね!」
「え、今から行くんスか!?」
「明日出航なんだから今日行かないでどうするのさ!」

くわっ!と叫んだハルタは欄干を蹴り、勢いよく船から飛び降りた。その勢いを殺さぬまま町の中へと駈込んでいく。

「(もー、まだ開いてるお店あるといいけど…!これでお店閉まってたらナマエのお菓子半分貰っちゃうんだから!)」

財布を握り締めながら走っていると、片付けを始めている店が所々に見えた。湧き上がる焦燥感。きっと大広場近くなら開いている店も多いだろうと考えたハルタは、道を探す時間も惜しくなって、人一人分程の隙間がある路地裏に入った。左右の壁を交互に蹴ることで建物の最上部に上り、そこから大広場の位置を確認するとそこを目指して別の建物へと飛び移った。

「(! 大広場は明るい…ってことは、まだお店開いてるっぽい!やったー!お菓子!)」

大広場らしき場所から漏れ出す光や音に、まだ店も開いているとハルタは確信した。人目につかないような場所を探してそこへ降り立つ。予想通り、港近くの店よりも開いている店が多い。

「良かったー!ねぇ、お菓子頂戴!」
「はぁい。何が欲しいんですか、お兄さん?」
「んーっとね…このショーケースに入ってるケーキ全種類!」
「毎度ありー!」

満面の笑みを浮かべるハルタに、店員の少女も笑って応える。ケーキを入れる箱を組み立てている最中の少女に、ハルタはふと気になったことを尋ねた。

「そういえば、大広場の方がすっごく明るかったんだけど何かあるの?」
「えぇ、今日はフィユタージュ島伝統の大会があるんです」
「伝統の大会?」
「はい、年始に行われる大会なんです。参加者はプロとかアマとか、島の住民であるかそうでないかとかも全く関係なく、島一番のパイを決めるんですよ」
「島の住民でなくても島一番のパイになるの?」
「そうですよー。島外の技術も受け入れるのがフィユタージュ島の方針なんです。だって、島外の技術も受け入れていかないと新しいお菓子が生まれないでしょう?」
「あー、成程。だからこんなに美味しそうなお菓子がいっぱいあるんだ!」
「うふふ、ありがとうございます。クッキーおまけにつけておきますね」
「ありがとー!」




≡≡≡≡≡≡




意気揚々と船に帰ったハルタが見たのは、パイを齧るエースの姿だった。

「……何、それ…」
「ナマエが作ったレモンパイ」

また一口パイを齧るエース。

「…何で、それがそこにあるの…」
「んぐ、ナマエが作ったから」
「ほら、今日この島で大会があったらしいんだけどさ、そこでナマエがこのパイを作って優勝してきたってわけよ」
「レモンパイってメレンゲが乗ってるイメージだったけど、パイ生地で包まれてるのも美味しいわねー」
「パイ生地の香ばしさとフィリングの甘さが絶妙だわー…」
「グラララ、中々上手く作ってやがる」

説明するサッチの手にもパイが一つ。隣に座っているマルコとイゾウ、更にはナースや白ひげも同じようにパイを持っている。

「……俺の分は?」

ハルタの前にあるのは空の皿。しかもそれが何枚も積み重なっている。

「………」

エースがゆっくりと目を逸らした。

「……ん?ハルタ、帰ったのか」
「ナマエ!ね、ねぇ!俺にもこのパイあるんでしょ!?」
「それならさっきエースが…」

ナマエとハルタがエースを見る。エースは無言でパイを口に押し込んだ。

「俺のパイィイイイイイイ!」

持っていたケーキが詰まった箱を取り落とし、ハルタは星の光る夜空に向かって絶叫した。





きみに幸いあれ


(明日作ってやるから)
(うぅ、本当…?)
(あぁ……それよりもその箱の中身を心配したほうがいい)
(あ!俺のケーキ!……エースぅうう!)
(え!?俺のせい!?)





→おまけ


 

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