「………?」
しかし、いくら待てどキイチからの追撃はない。そっと腕をずらし、その隙間からキイチの様子を窺った。
「――――――、―――」
キイチはまだ呪詛を吐き続けていた。だが、先程の勢いは消え、頭痛を訴えるように頭を抱えて酷く怯えた様子だった。(…頭が痛いのは俺の方だ。)ぶつぶつと聞こえぬ呪詛は消えないが、ふらりふらりと後ずさっていくキイチは消えてしまいそうだと錯覚するほどには頼りなさ気だった。
「…キイチ」
また蹴られる覚悟で未だ頭を抱えるキイチの腕を掴む。ビクッと肩を跳ねさせるキイチは、こちらへ視線を、
「(……違う)」
何処を見ている?視線は確かにこちらだ。俺のいる方向だ。だが違う。その目は何を写している?その視線は何を捉えている?俺ではない何かを見てキイチは怯えている。合わぬ焦点を必死に定め、俺ではない何かを捉え続けるその目は、
「キイチ」
呼んだ、というより言った。言った、というより溢した。それほど自然に口から出ていた。
「キイチ」
ひとつ、ふたつと溢したそれに、掴んでいた腕の震えが小さくなる。
「キイチ」
みっつ溢したそれに、おぼろげだった目は俺を捉える。
「キイチ」
よっつ溢したそれに、呪詛が聞こえなくなる。
「キイチ」
いつつ溢したそれに、彼女の目から海が零れる。
「…キイチ」
むっつ、溢したそれには。
「――――…ぅ、うぅ…う、あ、ああああああああああああああああああ…!!」
傷付き、血を、涙を流す獣が咆哮する。
『俺は産まれてはいけなかった』
『俺は望まれてなんかいなかった』
『俺は求められてなんかいなかった』
『俺は、生きているべきじゃないんだ』
『殺して』
『殺して殺して殺して殺して殺してころして殺して殺して殺して殺して殺してコロシテ殺せ殺して殺して殺してコロして殺せ殺して殺せ殺して殺してころせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺して殺して殺して殺せ殺して殺して殺せ殺せ殺せコロセ殺せ殺せころせ殺せ殺せ殺せコロセ殺せ殺せ殺せ殺せ』
『死にたい』
恐ろしかった。そう呟く口が。それが言霊となっていつか彼女自身の首を絞め殺すんじゃないかと思ったから。
怖ろしかった。そう懇願する目が。一つしか残されてないその視界を彼女自身が真っ黒に塗り潰す日がいつかくるんじゃないかと思ったから。
おそろしかった。そうして俺を見る彼女の表情が。自分は何一つ間違ったことは言っていないと、真実しか口にしていないと信じて疑わぬそれが、今にも目を閉じ、口を閉じ、ぴくりとも動かなくなってしまうんじゃないかと思ったから。
「(…なぁ、キイチ)」
騒ぎに集まり始めたクルーを散らし、俺はそっと息を吐き出す。
「(そりゃあ俺等じゃまだ頼りないだろうさ。なんたってお前がここに来て一年も経っちゃいねェんだからな)」
それは安堵からだったのか、恐怖からだったのか。
「(俺等しか知らないこと、お前しか知らないこと。こいつらは互いに話さない限り知らないままで終わっちまうんだぜ?)」
恐らく。いや、確実に後者だった。
「(だから互いに話し合うんじゃねェか。互いに知るために、本来なら埋まらない他人という隙間を埋めるために)」
震えていたのは本当に彼女だけだっただろうか。
「(いつか、いつかでいいから)」
否。
「(今日見たもんは、誰にも言わないでおいてやるから)」
武者震いでないそれは、
(いつか話してくれ)
(だからその日まで)
(傷が治るその不可思議な現象も)
(首の"それ"については追及しねェよ)
かたりと震えた煙管を持つそれを押さえこみ、そっと視界から外した。
*・*・*・*・*
Q,この語ってる人だーれだー? A,イゾウさんでしたー★
最初書いてた時はマルコのつもりだったんですがね。何故イゾウさんに変わったんですかね。不思議ですね。
傷が治る不思議現象については実は全クルーが認知してるわけじゃないです。ほんの一握りの隊長とクルーのみが知ってます。知ってる人達は自分をどんな事があっても気味悪がらないと心から約束してくれている人たちにのみ姉さんが教えているんです。
姉さんは理由について何一つ言ってないです。言いたくないんです。姉さんの誰にも見せない(見せれない)トラウマというやつです。白ひげ海賊団に入って、以前よりもっと頼られる存在となっていった姉さんは誰にも頼れないままこうして密やかにトラウマと戦っているんです。
だから時々こうして溜まりに溜まったそれが爆発して暴れることがあるんだよって書き直す前からずっと入れたいと思っていたのに入れるタイミングを逃すという最悪のミスを犯した管理人でした。
∴14/02/21 修羅@
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