髪型よーし、服よーし。
鏡をカバンに入れて手を前に突き出す。
吸って―、吐いてー。
よし、と気合を入れると目の前のチャイムを押した。
――ピンポーン
ドキドキと逸る心臓を抑えつつしばらく待つとガチャリとドアが開き、ひょっこりと見慣れた緑が顔を出す。


「あ、井浦、くん…?」


こてりと首を傾げると見慣れているにはいる緑だが、女の子が出てきた。それも井浦にそっくりの。お互い目を見合わせると風がピューっと吹き抜けると、彼に似た女の子は寒いのか首元の服を口までひっぱると、ぽつりと話した。


「…あの、兄ならいませんけど」


***



あいにく目的の彼氏はほんの数分前、ちょうど母親にお使いを頼まれて、出て行ったばかりだとかで家を出て行ったばかりだったようだ。
約束をしていたが、お使いなら仕方がないと思う。しょんぼりと来た時よりも数倍萎んでしまった気持ちで帰ろうとすると、上がっていくかと聞かれたので、断るのもどうかと思い、思わず頷いてしまった。

ついていくと彼の部屋に連れてこられたようで、落ち着いた色合いの部屋でいかにも男の子の部屋という部屋だった。端の方には彼のお気に入りのバンドのCDが積み重なっていて、部屋の真ん中にある机の上にはペンやら教科書が広がった状態で散らばっていた。
彼らしい部屋に思わず笑みがこぼれる。


「あの、ここおに、兄の部屋ですから」
「あ、うん」
「ここで待っててください」


じゃあこれでとも言わんばかりの彼女に思わず声をかける。


「あの、少し話さない?」


口からぽろりとこぼれる言葉。
計画もなく引きとめてしまった。


「あの、どうぞ」


自分の部屋なのに意味もなく、座布団を進めてしまった。
それに、基子も素直に座る。


(ななな、なにを話せば……!)


思わず井浦を召喚したい気持ちに駆られたが、それができたら苦労はしないし、ここは自分がしっかりしないと!と気合を入れた。


「基子ちゃん、は何年生なの?」
「…中二です」
「そ、そっかー…はは、」


終わった、話が終わった…!
思わずから笑いがこぼれる。
自分の情けなさに思わず視界がにじんだ気がしたけど気のせいだ!と思いたい。

(うう、秀君のバカー)


ここにいない秀に文句を言うが伝わるわけもない。
それに、花乃子としてはぜひとも基子と友達になりたいのだ。
だって、井浦の妹だし、仲良くなりたいのは当然だと思うのだ。
もしここに井浦がいたら「あたし花乃子っていうの、よろしくね」「あ、はい」という会話が自然かつ簡単に済むのに…!
なんでこんなに難しいんだ!


「わーん!基子ちゃんと友達になりたいのに!!」
「え、」


びっくりした顔の基子と視線が合う。


「もしかして、今口に出してた…?」


なんとか声を絞り出すと基子がうなずいた。


(穴があったら入りたい!むしろ飛び込みたい!!)


花乃子の頭の中はポケ○ンで言うところの『混乱』状態だ。
なにかを言わなければ、と頭のなかで言葉がぐるぐると駆け巡る。


「いや、あの!基子ちゃんと話したいとずっと思ってたのはほんとで、だって、基子ちゃんかわいいし!妹ってあたしいないから憧れてたし!かわいいし!」


あれ、なに言ってんの自分!うわー!と頭の中で混乱しているとぷ、とふきだす音がした。
自分で自分に混乱して、こんなはずじゃなかったのに、とか恥ずかしさやらで顔を真っ赤にした花乃子が振り向くとかすかに笑っている基子。


「わ、笑った」
「あ、」
「えへへ。よかったー」


笑った。
さっきまで無表情だった基子ちゃんがわらった。
かわいいなあ。
基子が笑って花乃子の緊張も解れた。
笑っている基子に花乃子はなんかもうどうでもよくなってにこにこしていると、基子も一瞬戸惑ったけど、また表情を和らげた。
そうしていると開かれる入口。


「あれ花乃子に、もと?なんでいるの?」
「お兄ちゃんには関係ないでしょ。……また来てね」
「うん」


にこにこと笑って基子を見る花乃子。
兄の登場につーんとして、部屋から出ていく基子。
それに首を傾げて、井浦は部屋に入ってきて花乃子の隣に腰をかけた。


「なに、仲良くなったの」
「うん、たぶん」
「そっかー」


嬉しそうに笑う花乃子に「よかったね」とよしよしと頭を撫でる井浦。
花乃子は来てよかったなー、と思った。


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