ぱっと解放された口を大きく開いてはふはふと息をすれば君はへたくそだねと鼻で彼は笑った。鼻で笑うといっても、それが嫌味に見えないのは先輩の持つ雰囲気が雰囲気だからだ。

「せんぱい、がうますぎるんです」
「まあそうかもね」

はふはふと周りにある空気を肺に取り込む作業をしていると、鼻先数センチ先。ほんのわずかしか離れたところにいなかった梓先輩は鼻の頭にまるで犬があいさつするような感覚でちぅと唇を押しあてて目を閉じた。それが様になるのだから先輩ってすごくすごく得をしてると思うのだ。パチリと目を開けてにやりと笑う先輩と目が合えばそれこそ心臓が走り終わった後のようにどくどくと加速して耳の奥がじんじんと痛くなる。

「っ〜〜〜!」
「真っ赤だね」
「誰のせいですか誰の!」
「いいかげん慣れなよ。何回してると思ってるの?」
「……………じゅ、十回です」

もごもごと答えれば、先輩は数えてたの?と横を向いてふきだしてお腹をかかえながらからからと笑う。その姿がきれいで様になっているから文句だって言えやしないし、思わず見とれてしまった。
ああもう、わたしっていつまでも懲りないんだから!しかも先輩ってば、自分が美人っていうことを理解しててこういうことをするんだからとっても性質が悪いんだ。
笑う先輩が悔しくて恥ずかしさをこらえて、背伸びをして頬にキスをすれば目を見開いた先輩が視界の端にちらりと移った。

これで先輩が慌ててくれればいいんだけれど、世の中そう甘くはないっていうんだからやりきれない。
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