警戒心ちゅうんはどうやってつければいいのか、正直"聖書"言われとるおれでもよう分からん。

「くーちゃん…?どうしたの?」
「どうしたおもう?」
「風邪とかは」
「あらへんし、そもそもおれがそないなもんにかかるわけないやろ?」

ポーカーフェイスでそう言えば、「たしかにくーちゃんが風邪ひいたとこなんてしばらく見てないけど」とうーんと眉を真ん中によせていた。こいつの仕草はいつだって昔と変わらず子供っぽい。
扇状に広がる黒く長い髪。きょとんと子供みたいにあどけない顔が大人の女に見えて不意打ちでどきりと心臓がはねるけれど、もちまえのポーカーフェイスで落ち着け俺と念じればすこしだけ落ち着いた気がした。いや、嘘や。今でもドコドコ大きな音を立てて心臓が全身に血液を送り出す。俺はこんなにも心臓が早鐘をうっとるっちゅうのに、なんやこいつは。不思議そうに首を傾げるこいつの瞳には不安そうな色なんて微塵も感じられんで悔しくなった。ぐっと無意識に唇を思わず噛むとくーちゃん唇切れちゃうよ、といって丸っこくてふにふにした指が俺の唇にためらいもなく触れてくるから理性がどっかにいきそうになって「あかん」といって手を引き剥がす。ほんまええかげんにせえよ。飛び出そうとした言葉をぐっと飲み込むと胃の底に重い石が沈殿したような心地になった。
ぎゅ、俺の手の中に納まる手はやっぱり俺とは比べもんにならんくらい小さくてふにふにしとって、女の子ってのはみんなこないにふにふにしとるんやろか…そもそも俺はこいつ以外の女の子に触れたことあんまないからよう分からんし、まわりにおるんはごついやつばっかでラケットなんてもんを振り回しとるから手なんかみんな肉刺ができすぎてがちがちになっとるやつばっかや。まあ、男の手を握る趣味もないけどな。

「やっぱりどこか、」
「だから悪ないゆうとるやろ。しつこいわ」

きっぱりと言葉を返すと少し首を傾げてながらも「ならいいんだけど、」と安心したような表情で俺を見てくるから苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
なんでそないに純粋な目で俺を見れるん?俺はいまお前を押し倒してんねんぞ、ちったあ警戒せえや。ぐるぐると言葉がどこか腹の底で渦巻いて出てこようとした。

「でもくーちゃん、これじゃ勉強できないよ」
「そやな」
「いやそやなじゃなくって!教えてくれるって約束忘れたの?」
「忘れてへんよ、でもな、」

今はこっちのが優先せなあかんねん、そういってぐっと鼻先がこすれ合うほど間近に近づけば、く、くーちゃん、とようやっとあわてたような声が俺の耳に届いてじんわりと胸にインクが紙に染みたような満足感を少しだけ広がった。でも、まだまだや。シーツの上に散らばった髪を一房つまみあげてさらさらと手からこぼした。髪の毛さえもなんだか繊細なもののように思える。

「だいたいおまえには警戒心っちゅーもんが足らんねん」
「警戒心って……でも、くーちゃんにはいらな、っん」

いらんことを紡ごうとする口をちゅっとふさげば一瞬何があったのか困惑した表情になった後に日本語にもならん言葉を唇から零した。

「ほらな、簡単に唇なんて奪えるんやで」

もう一回震える唇に俺のを落としたら今度はあからさまにぼん、と大きな音を立てたように首まで赤くなって見上げてくるんやからこっちの理性はぐらぐらと湯を沸かしたやかんのように揺らいでもう取り返しがつかんとこまで来てしまう。くーちゃん、かすれた声で俺の名前なんて呼ぶんやから。ほらな、もう取り返しがつかんで。これでちったあこいつが警戒心っちゅうもんを持ってくれたら俺はええんやけど無理やろなあ、そう頭の冷静な部分で思いながら俺の手はどんどんイケナイところへと進んでいくのはもう止められなかった。


110815
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -