ある一つの話をしよう。私の転機になった話である。

 人間っていうものは大抵集団にならないといきていけないってのは誰だって分かることだろう。例えば、女子のグループに始まりツンケンしちゃってる不良のチーム然り。ほんとに人間ってやつは集って生きてますね、なんて。まあ、悟ってるようなことを言っているけれど、所詮は私だってこの中の一人なのだから人のことなんて言えない。そもそも、わたしが何故こんなことを考えてるかといったら、単純なもので、クラスでも浮いちゃってる存在の平和島君と同じ掃除当番だからである。
 平和島君はその名の通り平和な少年、と言うことはなく学校の問題児としても有名な破壊兵器とも言うべき力を誇る男子生徒である。そんな彼は私の中では出来ればお近づきになりたくない不良少年にカテゴライズされているのだけれど、なかなかどうして、彼は掃除をサボらずに黙々と箒で埃を集めているのである。
 出来れば帰ってくれた方が私の心の平和にはありがたいのたけれど彼はちっとも帰る様子を見せない。それどころか真面目に掃除をしている。あの折原君との攻防しか知らない私としては物静かな彼は不気味に感じるが、まあ確かに人間常に怒ったりしている訳ではないし、触らぬ神になんとやらである。先ほど友人たちに『死んでこいよ☆』とウザい応援に送り出されたのは記憶に新しい。

「………ふぅ」

 それにしても、黙々とやっていれば、案外早いもので遅々と感じた時間もあっという間に過ぎて掃除の終わりの時刻を迎えようとしている。後はゴミ捨てと掃除当番の日誌さえ出してしまえば終わりである。終わった!と心の中で喜びつつ、それをおくびにも出さず後ろにいるはずの平和島君を視界に入れる。

「平和島君」

 名前を呼べば、無言で振り返る彼。いやはや、それだけでビビってますがなにか?

「掃除の時間も終わるし、日誌出してくるからゴミ捨て頼んでいい?」
「ああ」

 こうして、本日初めての言葉のやりとりであり、最後のやりとりを終えると私と平和島君はそれぞれ別れて帰宅することになった。はー、それにしても緊迫した(きっと彼はちっともそんな事を感じていなかっただろうが)空間を脱出した私はその喜びを噛み締めながら、職員室へと向かい、日誌を渡して帰路につく。
 今日も変わり映えしない平和な一日だったなー。
 なんてのんきに思っていた私が考えは、この数時間後に覆ることとなった。


♂♀


 なんでこうなった!!

 思わず叫びそうになった自分の口を急いで覆うと、私は息を抑えるように呼吸して辺りをうかがった。右、左、もう一度右見て……よーし、誰もいない。
 思わずほっと息をついて、壁にずるずると背もたれをくっつけるとぺたりと地面に座り込み口に当てていた手のひらをはがした。
 そうてして、先ほどまでのことを思い返す。
 一、無事に帰宅した私は忘れ物をしたことを思い出して学校に戻った。
 二、案の定机の中に忘れていたノートは無事に私の手に渡った。
 三、さー帰ろうと思い、時計を見たがもう時間は夜遅く普通に帰ったら門限を過ぎる。よーし、近道をして帰るかと裏門から学校を出た。
 四、そのまま裏道に入ったら、あれ? なんか怪しい取引やってるんですけど…あれ、やばくない…?なーんて思っていると彼らの手にしたものが落ちて白い粉が辺りに散ったのと携帯から軽快なメロディー。そしてかち合う私と彼らの目
 そして案の定、気づかれて逃げ出した私は鬼の形相をしたヤの付く彼らに追われる羽目になった。待てなんていわれて待つバカはいないのですよ、と思いつつ逃げ出した私は警察に飛び込むなんて言う考えも及ばずに、裏通りを失踪し隠れそうな家と家の間の狭い路地に隠れる。
 いつまで隠れたらいいんだろう、どうしたら。ていうか、見つかったらどうなるんだろうか、まさか売り飛ばされたりなんて、ね。こういうのは映画の見過ぎだろうか。乾いた笑いがこぼれそうなわたしにかかった声。

「――おい、」
「ひぃっ、」

 思わず、体を縮こまらせ恐る恐るおびえた瞳を上げると放課後別れたばかりの話したことなどちっともない平和島君の顔が見えた。

「やっぱ、お前か」

 訝しげな表情をした平和島君は「なんでンなとこにいんだ」ともっともな疑問をぶつけてくる。けれど、ぱくぱくとしか口を開閉できない私は彼の疑問に答えることができない。それに、彼を巻き込んでしまっていいのだろうか、なんてこの期に及んで冷静な私が頭の中で話した。そうやって一分か二分か、逡巡している間に先ほど逃げていた彼らが追い付いて、平和島君の塞いでいる反対側からの路地からニタニタした顔で私のほうにやってきた。

「さっきの現場見たよナァー」

 猫なで声とは似ても似つかないが、嫌にねっとりした声で話しかけてくる顔つきの悪い男に私は座っている状態で後ずさりをした。その私の様子が何よりも証拠だった。
 私のバカ!

「お前、もしかしてこいつらに追いかけられてンのか」
「う、あ」
「おい、ニーチャン。悪いこた言わねーから、さっさとそいつ置いてどっか行きな」
「どーなんだよ」
「あ、」
「おい、聞いてんのか?!」

 私が平和島君の問いに答えようとして、口を開くのと同時に男は言葉をかぶせてきた。

「お前、」

 唸るように平和島君だ声を出す。

「人が話してるときは最後までって聞けって習わなかったのかよ、おい」
「はあ?」

 平和島君の言葉に小馬鹿にした笑いを彼らはこぼす。「何言ってんだコイツ」「頭可笑しいんじゃネーか?」「言えてる」げらげらと耳障りな言葉をこぼす小汚い恰好をした彼ら。
 そんな彼らの前ではギラギラと目を吊り上げて怒る平和島君。

「習わなかったかって聞いてんだよおぉおおお!!」

 バキ、とも、ドカともつかない音が平和島君の繰り出した拳からなり、私を追いかけていた男の顔面はグシャリと潰れるようにして歪んだのが見えたかと思ったら、男はその路地の遥か数メートル先まで吹っ飛ばされ、その後にドカーンと大きな音を立てて固い何かにぶつかるようにして止まったようだった。私の位置からは何も見えないが音から予測するにそうなのだろう。釣られるように怯えた彼らは手に手に獲物を持って平和島君に殴り掛かるがあっさり平和島君の暴力の前にはひれ伏すしかなかったようだ。
 そうしてボーっとしていた私の元に平和島君が戻ってくる。その時の私は掃除の時間のようにおびえてもおらず、ただまっすぐに平和島君を見ていた。

「……大丈夫か」
「あ、うん」

 不器用に問いかける彼は私の様子をじぃっと見ると無事なのかを確認して、踵を返し私の前から去った。…早く立ち去りたいのに腰が抜けて立てない。
 平和島君。
 みんなが言うような恐ろしい面を持っているかもしれない彼は、知り合いでもない私を助けて去って行った。果たして、彼はみんなの言うように恐ろしい人なのだろうか。集団の中で育ってきた私には分からない彼は、もしかしたら、とても不器用で優しい人なのかもしれないと思った。

 それから、私が平和島君に話しかけたのはこの二日後のことである。

集団主義であった女の子の話


For「人間論」様

120715
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