この先生はどれだけわたしが先生のことが好きなのか知らないんだと思うの。そうクラスメイトである犬飼に愚痴をこぼせば彼は苦笑いをしてまだんなこと言ってんのかとわたしの頭を丸めたノートで叩いた。


 思えば星月先生のことをわたしはいつ好きになったのだろうか。いつ、なんて断定できるほど運命的な出会いがわたしと星月先生の間にあったわけでも、恋愛ゲームでよくある暴漢に襲われそうになったのを助けられたとか、幼なじみだとか、そういう甘い関係がわたしと先生の間に築きあげられたわけでもなく、そんな展開はわたしと先生の間には全くと言っていいほど見つけることができなかった。星月先生、フルネームで言うと星月琥太郎先生。星に月だなんてこの学園の先生にはぴったりの名前だと思う、先生は保険医で十月十三日生まれの天秤座のAB型。それに綺麗な顔してるのに怠惰な性格でいつだって寝ているのがデフォルトでなにを考えているのか読めないひと。
 まだまだ数え切れないほどそう先生について思いつくことを次々あげていけばいくほど、どうして好きになってしまったんだろうと首をひねってしまうのにわたしはもういつからか、この先生に対して恋心というものを抱いてしまった。それはもう、諦めがついてしまうほど前から。

「どうかしたか?」
「…べつになんでもないですよ」

 わたしがなんで先生を見ていたかなんて分かっている癖に、どうかしたかなんてわざとらしい先生の問いをわたしは何回聞いたのだろう。それでも、先生の問いに腹立たしさの影に嬉しい気持ちを抱いてしまう自分もどうかしてるくらい先生が好きでどうしようもない。こちらを見もせずに尋ねてくる先生からぷいっと視線をそらして窓の外を見るとくつくつと笑う先生の声が聞こえてきて、その途端にわたしの瞼の裏に女の人よりよっぽど綺麗に笑う先生が映し出されることを止められなかった。控えめにそっとゆるく弧を描く薄い唇、整った眉、そうしていきつく先は優しい瞳。
 わたしは先生以上に綺麗に笑う人を知らないように思う、というのは贔屓目に見てという理由だけではない、先生はとてもきれいな人だ。それは見た目もだけれど、先生のいつか消えてしまいそうな儚い空気がそう思わせるのかもしれない、なんて。そんな先生の顔を見ているだけで苦しくなったわたしは見えなくなるように瞼をぎゅうっとつぶって先生を追い出す。そんなことないと言ってやり過ごすことを学んだのはいつのことだろうか。まだ空には太陽が昇っていて、窓の閉め切られた部屋をゴーゴーとエアコンの風が冷やしていて、少し寒い。

「先生はなにやってるの?」

 クッションをぎゅうっと抱きしめて顔をうずめるとふんわりと香るコーヒーの香り。先生に抱きしめられてるみたいだなんて、そんなの妄想でしかないのに、

「んー、仕事だ、仕事」
「…いつもしてない癖に、」
「…なんだ、かまってほしいのか?」
「っ、そんなんじゃないです、」

 かっと全身が熱くなったように感じて、ぼそぼそと返すと先生はまたくすりと笑った。

「そうか、じゃあ大人しくしてろよ」

 宥めるように先生が話すときわたしは先生が大人で自分が子供だと自覚させられるからいやだ、と思うのに先生はいつだってそうだ。いつも子ども扱い。
 先生と生徒、大人と子供、たったそれだけのことなのに。たったそれだけのことでわたしは一歩も動けないくなってしまうのだ。それはわたしを強く縛って身動きが取れないからというよりも大きな薄い壁がわたしと先生の間に何枚もあって、それを崩すのにはとても骨が折れるというのに近い。
 先生はそうやってわたしに好きだと言わせないようにしているのだ。いつだったか、月子ちゃんが先生は臆病だから、壁を作るのが上手でずるいよね、と言っていたのを聞いたことがある。その時はなんとなくそうだねと頷けたけれどわたしもこれ以上突き進んで、先生に拒絶されてしまうことが怖くて踏み出せないのだから人のことなんて言えないのだろう。行きつくところ、わたしも先生も似た者同士なのかもしれない。どちらも現状を壊すことを恐れて足を踏み出すことをしない。そのままを望む。
 けれど、もう少ししたら蝉の伴侶を呼ぶ声も聞こえなくなり、鈴虫が秋を呼び、冬になるとあっという間に来てほしくもない卒業式が来てしまうのだ。そうして駆けるように時は過ぎて、わたしと先生が離れ離れになってしまうのだろうということを容易に想像できてしまった。

 ねえ、先生。わたしは今年で卒業しちゃうんだよ?
 だから、だから、こっちを見て。少しの間だけでいいからわたしを一人の女の子として扱ってほしい。

 そう願うけれど、これは到底届くことのない願いだからわたしはそっと胸にしまい込むことで気持ちを隠した。
 ああ先生。先生は、ずるい人ね。





 きっと瞬くように夏は過ぎていくのに、先生はわたしのほうを振り向いてくれようともしないもの。



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本庄ちゃんへ^▽^
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110702/110717/tumor/青子
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