惑う抱擁の続き 修平視点![]() 仕事を終えて乱菊さんからの誘いをもらいいそいそとやってくると、そこには俺があまりにも見知ったやつがいて俺はびっくりしてしばらく入口から動けなかった。 「なにしてんのよ、しゅーへー!早く来なさいよ!!」 「…あ、はあ、」 草履を脱いで一段高い座敷に上がると、俺の向かいには乱菊さんと幼なじみの奴がいて俺は少しこの奇妙な組み合わせに驚く。そもそもこいつは居酒屋だとか、そういうお酒を飲むところがあまり好きではなく、はっきり言って二、三度来てたらいい方だと思うくらいのやつだ。 どかりと目の前に座りこむと最初は目を合わそうともしなかったあいつは、おずおずと視線を上にあげてようやっと俺と目を合わせた。 「修平くん、」 あまりにも弱弱しいこいつの声に何で俺が呼ばれたのか一瞬で分かってしまった俺は俺が不憫でしょうがないと思う。 そもそも、おれと目の前の、いわゆる幼なじみのこいつとは腐れ縁という言葉がピタリと合う仲だった。小さい頃から金魚のフンのように俺の後ろをついて回るこいつを俺は口では疎ましいだの、うざったいだの言っていたが、その実妹分をもった兄のような気分になっていたいたものだった。つまり、目に入れても痛くないと思うような存在である。 そんなこいつがいつだったか、俺のところに来て死神になる、と言ったときは心優しいこいつにそんなことができるのか、と反対もしたが、きっと心優しいからこそ、こいつは見て見ぬ振りができなかったのだと分かった。ほんとはすごく泣き虫で意地っ張りのくせに、だ。 でも意地っ張りだからこそ死神になれるのかもしれない。 こいつはそんな自分を偽善だなんだというけれど、世の中偽善でしか成り立っていないと思うのは俺だけなのだろうか。偽善があるからこそ、人は人と支え合って生きていけるのだと思う。…ああ、なんだか、心の中だってのに熱く語ってしまった。 …まあ、つまり、言いたかったのは、目の前のこいつは自分のことを二の次に考えてしまう、そういう奴なのだということだ。 俺が考えていると、乱菊さんはさりげない仕草で後はよろしくという旨を俺に伝えると自然にというにはほど遠い「これからやちるたちと死神女性会の会合だからー!ばーい(ハートマーク)」と去っていった。…わざとらしすぎやしませんか、乱菊さん…。 呆れている俺が、それでも動きを取り戻せたのは目の前のこいつが何事もなかったかのように「修平くんも飲む?」とお酒の入った瓶を持って俺に勧めてきたからだ。思えば、こいつと一緒に酒に飲むのもこいつが初めて死神になれた日以来ではないだろうか。とくとくと白く濁ったお酒を俺のお猪口に注ぐと、ことんと静かに瓶を机の横にあるお盆の上に置いて俺とお猪口をカチンと合わせた。 「なんだか、修平くんと飲むなんて久しぶりな気がする…」 「久しぶりどころか、お前が死神になって以来だから…もう懐かしいの域だよな」 「ふふ、そうかも、」 そういって、お互いにお酒を口に運ぶと一気に俺たちのあたりだけしんと静まり返ってしまった。なにを話そうか、ぐるぐると頭を巡らせるのに、今の状況を打開できるほどの話題がなかなか俺の中に浮かんでこない。 「最近、調子どうだ?」 「……うん、悪くないと思うよ」 「そうか、」 会話終了。…もう少し気の利いた質問は浮かばなかったのだろうか、そう思ってもなかなかいい言葉が浮かばず、俺は机の上にあった枝豆を黙々と口に放り込んでいた。 思えばこいつは人に弱音を吐かないやつだった。特に言うならば、自分にとって大切だと思う奴の前でならなおさら。そう思うとこいつは今回の悩みも一人で抱え込もうとするんだろうなあ、となんだか予感のように感じていた。我慢強いのはいいことだと思う。それは、死神になるにあたって辛いことも悔しいこともたくさんある中で弱音を言っていたらそれは、もうそいつの成長を阻むものだと思うからだ。けれど、だからと言ってこんなにももろい状態になるまで我慢すればいいというわけではなくて。たまにはガスを抜く必要もあるんじゃないかと思うのだ。そして、それには、本人ではなくて周りの言葉が必要なのだろう。 「(ああ、それを知っていたから乱菊さんは俺に頼んだのか…)」 一人で納得していると、おれに弱みを見せまいと気丈にふるまうこいつの頬をぐにっと引っ張った。 「ひ、ひはひほ!ひゅーへーふん!」 「お前がつまらん意地を張ってるからお仕置きだ」 「お、お仕置きって…もう、…痛いよ…」 ぱっと手を離せば、少しだけおかしそうにくすくすと目の前の幼馴染みは笑った。俺のつねった頬はほんのりと赤く色づいていてやり過ぎたかも知れないという後悔が浮かんだけれど、こいつにはこのくらいがちょうどいいのだと思う。 それからどれくらい経ったのか、やっぱり修平くんにはかなわないなあ…、ぽつりと俯いてそう呟くこいつが俺にはやっぱりかわいい可愛い妹分にしか見えなかったのだった。 心逝くまで 110703/tumor |