わたしの好きな人の視線の先にはいつも彼女が潜んでいる。

 わたしが恋した人はもうすでに好きな人がいた。それこそわたしが出会う前から彼は彼女が好きだったというのをずっとずっと前から知っていたし、思い知らされてきた。けれど、だからと言ってわたしが彼をすぐにあきらめられるかと言われればそれは到底無理な話であり、ありえないとさえ思った。

「乱菊さん、隊長知りませんか?朽木隊長から至急と頼まれた書類なんですけど、」

 真っ白な書類に朽木隊長の達筆ともいえる字が綴ってあって、わたしはいつもいつもこの字のように流れるような字が書きたいと憧れを抱いている。密かにこの字を練習台にさせていただいているのだけれど、なかなか字が上達しないのはわたしに才能がないせいかもしれない。
 朽木隊長から至急と言われて持っていた書類を読んでみるとなるほど、至急な要件であり、さらには副隊長の印ではなく隊長の印が必要な書類である。したがって乱菊さんに頼もうという選択肢はなくなったのだけれど、肝心の隊長の居場所を乱菊さんは知っているのに、教えることを渋っているようだった。

「乱菊さん…?」
「…隊長なら、たぶん、あそこにいると思うけど」

 後で行った方がいいと思うわよ?そう伝えてくれた乱菊さんの瞳は何かを心配しているように見えたけれど、読心術を持たないわたしには到底分るはずもなく教えられた場所へと足を急ぐ。至急と言われた朽木隊長の言葉を借りて、わたしは隊長のもとへと心を飛ばす。もとより私に隊長のもとに行かないという選択肢は存在しないのだから。
 さわさわと森のさざめく中、ある一定のところを通り抜けると肌を突き刺すような濃密な霊圧の渦がわたしの肌を突き刺した。…まちがいない、日番谷隊長はここにいる。
 確信を得たにもかかわらず、わたしの足はもう、一歩も動くことを知らないかのように地面にピタリときれいに張り付いてしまった。ひゅうひゅうと風が吹き、死覇装がはためく。冬という寒さをとっくの昔にすぎたにもかかわらず、この地を埋め尽くす冬の化身、雪。そして、わたしの唇からは濁った白いものが吐き出された。

「た、いちょう…」

 唇からこぼれたのはほんのわずかな吐息でしかなかった。これでは、彼を、わたしの好きな隊長を呼べさえもしないのに、わたしの声帯はそれ以上震えてはくれない。
 その時、心配そうに見つめる乱菊さんの、あの白藍色の瞳が思い起こされた。

「そういう、ことか…」

 どうして、乱菊さんが言うのを渋ったのか、どうして、この地が彼の化身とも言える白に埋め尽くされているのか、あっさりと分かってしまった。それはわたしにとって自分がそれだけ隊長を理解しているか分かり喜ばしいことであると同時に悔しいことでもあった。きっと、隊長がここにいるのは、四番隊で療養している彼女のためであり、乱菊さんが心配していたのはたぶん、わたしのことだったのだろう。
 頭では納得できても、心は納得できない。それは、どうしようもないことだと分かっているのにわたしが隊長を諦めることができないのと同意義で、きっとずっと変わらないことだとさえ思う。いつ、思いは色褪せてくれるのだろうか。問い続けても問い続けても、答えは得られない。

 でも、きっと、隊長があの人を好きなようにわたしもずっとずっと隊長のことが好きなんだと、わたしはもう、とっくの昔に気づいていたのだった。

 朽木隊長の達筆な文字の羅列をわたしの頬を滑ったものがぽたりぽたりと滲ませていき、くしゃりと世界がゆがんだ。





110702/tumor
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