いつ来るのだろうか。ぐるぐると大きいボールを腕に抱えて中身を混ぜて考えていれば、今では耳に馴染んでしまった音が聞こえた。つい一年ほど前に越してきたばかりのマンションのチャイムはもうわたしの耳に馴染んでしまっていて、引っ越してきた時に感じた違和感なんてものはなくなってしまっている。ボールをそっとシンクの上に置くと前に後輩からもらったエプロンをして玄関に向かってドアを開く。そこには普段眉間に皺を常備している彼だ。

「上がって?」

 深い皺を刻んでいる眉はいつものことなのにそれがいつもより深く刻まれているように思えるのはわたしの被害妄想なのだろうか。「…不用心だ」そう怒る彼をたしなめるようにはいはいといって家の中に招き入れれば「大体お前は…」なんて怒ろうとするものだから困ってしまった。

「宮地くんが来ると思ったから開けてたの。普段は開けてないよ?」
「…そういう問題じゃないだろう」

 はあ、と深々とため息を吐く彼はなんだかとても叔父さん臭い、なんておもったけれど、そんなことを言うと彼が傷つくのは目に見えて分かったので黙っておくことにした。大体にして彼がわたしを心配して言っているのは分かっているのである。どうにかして機嫌を直してもらわないとなあ。そう思いながらさらに言い募ろうとする彼から逃げて台所に引っ込んだ。まあ、彼の機嫌を直すものなんてひとつしかないだろう。




×




「はい、できたよ」

 ことんと彼の前においたのは彼の大好きな生クリームたっぷりのケーキだ。彼の機嫌を直すにはこれが一番効果的なのである。こんなにも男の人らしい彼の機嫌を直すものがケーキというのはいささか不釣り合いでそれがかわいい。眉間のしわが緩み、彼の頬がほんのり赤く色づく。「食べていいのか?」と問う彼に当然のごとくうん、と頷くとさらに眉間のしわがなくなったような気さえする。それにほっと胸をなでおろしてなんとか機嫌が直ったことに安堵した。彼はわたしの頭がもとの位置に戻るのを見届けると律儀にいただきますと手を合わせてフォークを握り生クリームを掬い口に含む。

「甘い?」
「ああ」

 含んだ瞬間彼の緩んだ頬に上手くできたことに確信を得つつ問いかけると頷いて「だが、」ぐいっと腕をひかれた。何が起きたか分からず目をしばたくと彼の顔が間近にあってきゅっと目をつむった。

「みみみ宮地く、んっ…!」

 わたしの唇を塞いでさらにぺろりと舐めて「お前の方が甘い」といってふっと笑った。その彼の顔が近くにあるのが恥ずかしいやら嬉しいやら。とにもかくにも、どうやら機嫌は完全に戻ったようであるのでよしとしよう。
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