俺は昔から情けない人間だ。目の前好きな奴が泣いてても動けなくて、その肩を抱くことにすら恐怖を抱いてしまう。

 白い病院着に包まれた細い体も、日に当たらないことで透き通るようになってしまった白い肌も、全てが彼女の儚さを表すように見えて、おれは正面から彼女を見ることができなくなってしまった。

「ねえ、一樹」
「ん?なんだ?」

 俺の視線はいつだって目の前の彼女の口元ばかり。目を見て話さなきゃいけないと思うのにそんな小学生で習うようなこともできない俺は、なんて意気地無しなんだろう。

「今日ね、新しい子が来たの」
「そうか、よかったな」
「……よかった、の、かな…」
「……」
「だってね、その子まだ小学生なんだよ?ここに来るのにはまだ早すぎるよ、」

 それを言うならお前だってまだ高校生じゃないか、そう俺の頭に浮かんだ言葉はこいつを傷つけるだけだと分かっているから口から飛び出ることはない。それでも、こんなに弱弱しいこいつに俺は叫びたいような、泣きだしたいような衝動に駆られる。俺が泣いたら、こいつは無理して笑うから俺は泣かない。そう決めているのに、俺の頬を滑っていくこの塊はなんだろうか。気付いた時には白い服の袖から伸びる白い腕が俺の頬をそっと撫でていた。

「泣いても、いいよ」

 はっと顔を上げると久しぶりに見たこいつの顔は今までに見たことのないくらい柔らかく微笑んでいた。無理していないその微笑みに、

「なんで、」

 思わず、唇から言葉がもれだす。それにさらに彼女は柔らかく微笑む。

「なんで、お前は笑ってるんだよ…!」

 憤りを込めて、俺の頬を撫でる彼女の痩せてしまった細い腕を掴めば、痛みでか、彼女の眉間に少し皺が寄った。

「一樹が泣いてくれたから」
「は……?」
「一樹がわたしの代わりに泣いてくれたから、わたしは笑っていられるんだよ」

 ベットから彼女は降りる。ぺたりと素足が病院のフローリングに触れると一歩進んで俺の顔を、覗き込んだ。

「わたしね。正直、怖いよ。怖くて怖くて逃げたくて、ときどき思うの……死んだ方がましかなあって」
「……」
「だけどね、そんなときにいつも一樹のことが頭に浮かんで、頑張らないとなあって思うの。だってね、一樹はわたしがいないときっとダメになっちゃうから」

 ぽたりと俺の頬をまたひとつ涙が滑った。

「だからね、待ってて」

 そうっと壊れ物に触れるみたいに俺に掴まれた反対の手で彼女は俺の頬を撫でた。

「明日も明後日も明々後日も、必ず一樹のそばにいるから、ね?」

 きついのは自分だというのに。どうしてこいつはいつも俺のことばかり考えているのだろうか。こいつはきっと、俺以上に俺のことを考えてくれていて。……なら、だったら、俺もそれに応えないと俺はこいつの彼氏として、こいつに顔向けできないじゃないか。すん、と鼻をすすると病院独特の匂いに混じって彼女の甘い香りが肺一杯に広がった。

「…ああ、そうだな」
「……」
「……きっと、お前がいてくれないと、俺は困るんだ」
「…うん、」
「だから、どこにも行くな」

 俺が頷くと今度は彼女の頬に涙が滑る。その涙を俺の指の腹で拭けば、彼女はくすぐったそうに身をよじらせて俺の手から逃げるようにベットに戻った。それにつれて、俺の手の中の彼女の手も離れていった。それに少し、寂しいと感じてしまうけど、また掴んでしまえばいい話なんだろう。


 きっと俺はすごく情けない人間だけど、こいつがいるから頑張れるのだと、そう思う。



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