小さい頃からのことを人はいとも簡単に忘れられるのだろうか、そう問いかけられたらわたしはいちにもなく"いいえ"と答えると思う。


 地球は生きているのよ、だから優しくしてあげないとだめよ。母に言われた言葉にを素直に信じていたわたしは、そのことばが真実、そうであると思っていた。人間というものはつくづく不思議なもので、小さい頃に刷り込まれたことというのは嫌でも忘れることができないのだ。

「三つ子の魂百までって言うんだっけ、こういうの」
「…んあ?」

 わたしの隣でひとりつまらなそうに煙草を吸っている静くんは不機嫌、というわけではないけれど、世間一般で言う不機嫌な面をこちらに向けて「なに言ってんだ」と顔をしかめた。

「だからね、小さい頃の事は忘れられないよねってこと。静くんだってそうでしょ?」
「俺はしょっちゅう忘れてるぞ」
「えー、でも今だって朝の牛乳は欠かさないでしょ」
「あー…まあなあ」
「ほら!それと一緒だよ」

 とん、と静くんの隣を歩いていたその足を大きく振りだすことで静君よりほんの少し前に飛び出した私にたいして、足の長い静くんはその間隔をたったの一歩でひょいとうずめてしまった。

「もう、静くんは足が長いからずるい!」

 じっとと隣の彼を見るとわたしの視線にあからさまにうろたえた静くんは視線を自然に(静くんの中では)逸らして、ふーっと白い煙を空気に燻らせた。そんな静くんの姿にキッとつりあがってしまった眉は下がって口元が緩む。みんなこの人を怖いというけれどわたしにとっての静くんは可愛らしい大人の代表である。
 ぷかぷか浮かぶ煙を自然と視線で追うと白い煙は空気でふんわりとかき消えた。わたしはきっと静くんの煙草の副流煙のせいで死んでしまうんだろうなあ、そう思うけれど、きっとそれを言ったら静くんはわたしの前で吸ってくれなくなるだろうというのは容易に想像出来てしまったので口をつぐむ。
 静くんという人はいつだって他人の様子を気遣ってくれる優しい人で、ただ、それを表すのがひどく不器用な人なのだ。そしてわたしは静くんが我慢というものいつも戦っているいるのを知っている。だからか、せめてわたしの前でだけはそういう気遣いをしてほしくないのだ。それは、わたしは静くんがたばこを吸っている姿が一番かっこいいと思っているので、それを見れなくなるのが非常に残念なのもあるけれど、なにより静くんに自然体でいてほしいという願いもあったのだ。でもきっと吸っている姿がかっこいいなんて言ったら照れてしまう恥ずかしがりやな静くんのために言うのを止めておいたほうがいいのだろうなあ。照れてしまう静くんの姿を一人で想像してにやにやと笑っていたわたしの様子に静くんは気付くと、なにが楽しいんだと言わんばかりに片眉を器用にあげる。

「…あ、静くんたばこは道端に捨てちゃダメなんだからね?なんたって地球は生きてるんだから」
「?……なんだそりゃ」
「んふふ なーいしょっ」

 そういってとん、とまた一歩静君より前に飛び出すもやっぱり足の長い静くんはその間隔を一瞬でなくしてしまった。吸い終わった煙草をきちんと携帯灰皿にこすりつけて火を消す彼にやっぱり静くんは地球にも優しい人なのだなあ、と心底思って、ぎゅっと隣に揺れる手の平を握りしめた。ほんのり赤く色づく静くんの耳が愛しい。うーん、やっぱり静くんの手の平は大きいや。





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