春が来た。季節的なものの春。そして、私の恋にも春が来た。

「ふんふんふ〜ん」
「なんやお前、気持ちわりぃの」

 機嫌よく鼻歌を歌いながら、スキップしていると後ろから声かけられる。私の同郷の勝呂竜二、通称坊である。

「ふふん、坊ごときが私の機嫌損ねられると思うなよ!」

 仁王立ちして言えば、坊は訳が分からんといった顔をして「お前の機嫌はなんぞどうでもええわ」と吐き捨てた。ひどい。

「というか、お前、後ろからパンツ見えとるぞ」
「ぎゃあああ!」

 なんという不覚!
 そして、そういうことはさっさと言ってほしい!
 さっきトイレに行った時にスカートがパンツに引っ掛かってしまったようだ。どうやら先ほどから人の視線を感じると思ったら、これのせいだったらしい。ひとりで、恋をして可愛くなったからかしら、とか大人ぶって恥じらってた自分が恥ずかしい。いや、ていうか一番恥じらわなくちゃいけないことじゃないか、穴があったら入ってしまいたい…! 急いで、スカートを元に戻す。

「坊のばか、おたんこなす! 早く言ってよ、もう!」
「やから今言ってやったんやろが、もっと感謝せえ!」

 坊の眉間に皺が寄る。

「だって遅い!!」

 ぎゃんぎゃんと言えば、坊にやかまし!と言って頭を殴られる。痛い! 暴力反対!と喚けば、坊には知らんわといって去って行かれるし踏んだり蹴ったりである。たしかにわざわざ教えてくれたことには感謝するが、それとこれとは別である。うぅ、坊は自分が馬鹿力だということを知らないのか。殴られた頭を撫でながら道をブラブラした。すると目の前から、わたしのときめきの元、奥村くんがやってきた。

「あ、こんにちは」
「こここ、こんにちは、奥村くん!」
「今日も元気ですね」
「元気だけが取り柄ですから!」

 元気だけが取り柄ってなんだって自分で突っ込みそうになったけど、そこはぐっとこらえた。
 奥村先生もとい奥村くんはさわやかに笑う。ああ、ホントさわやかだなあと思わず見とれる。それに対してわたし暑苦しいな…。もう少しこの清涼感を分けてほしい。奥村くんだったら、ビール…は年齢的にダメだからアクエリアスのCMとかできるんじゃなかろうか。彼がCMやったら、その製品は買い占めてしまいそうだ。

「? どうしました?」
「あ、い、いえ! なんでも!」

 見とれてましたなんて言えず、慌てて否定すると奥村くんは苦笑している。あははと意味もない笑いと冷や汗が全身から出る。変だって思われたかな。いや、いつも変だって坊とかに言われてるし、自覚してるんだけど、奥村くんにまで変だとか思われたら、立ち直れない。

「あ、もうこんな時間だ」

 そうこうしているうちに、奥村くんは腕時計を見ると、これから用事があるようでこの辺でといって去ろうとする。
 あ、そうなんですか。それじゃあまた。なんていつもだったらそう言っていたのだけれど、今日のわたしは一味違って先生を引き止めようと無意識に足を踏み出した。ら、どこぞの漫画のヒロインのように足を自分の足に引っ掛けてこけてしまう。

「ひゃぁああ!」

 こけていく瞬間、奥村くんの驚いた顔がスローモーションで見えて、ああ、もうまたパンツを晒してしまうのかという気持ちと地面とちゅーしてしまう悲しみで目を瞑れば、地面よりよっぽど柔らかいものに受け止められた。ふわりと香ってくる柔軟剤の香りとじわじわと伝わってくる人肌のぬくもり。

「ふぅ。危なかった…」
「……お、おくむらくん?」

 たどたどしく名前を呼べば、視界を埋め尽くしていた真っ白なワイシャツがゆっくり上下して、ついでに、頭の上のほうに生暖かい空気がそよりと当たり、奥村くんに抱きしめられているのだと脳みそが理解した。奥村くんの、顔が、わたしの顔の近くに! 息もかかるほど近くに! その瞬間に、頭の先からつま先まで全身火がついたようにあつい。彼の顔には似合わない逞しい腕がわたしの背中に回っている。こんなに近づくとどうしていいのか全く分からなかった。
 カチンコチンに固まったわたしの顔を覗き込んで、奥村くんは顔を背けて慌て出す。

「あ、あの、それじゃ、僕はこれからフェレス郷に呼ばれているので」
「そ、うなんですか、」

 なんとか声を絞り出した。

「それじゃあまた塾で」

 奥村くんがなにに慌ててるのかも分からずにわたわたとしつつも別れて歩き出した。わたしは、なぜだか動けずじまいでその場でしばらくぼうっと先生の後ろ姿を眺めていたけれど。慌てて何もないところで躓いた彼の後ろから見えた耳が赤く見えたのは気のせいだろうか。
 いつもと違う奥村くんが見れた嬉しさと、彼の体温を思い出してぶわりと蒸し返した熱がまだまだ引きそうにない。

▼素材:HUE
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