※錫也と結婚後のはなし



だんっと勢いよく包丁を上から下に振り落とせばぽろりと転げ落ちる頭。そして、お腹に斜めに切れ目を入れて手を突っ込んで肺に指を引っ掛けて引っ張れば気持ちのよいくらいにずるりと腸も肺も心臓もなにもかも取り去ることができる。
なんて、言葉にしたら大層恐ろしい過程も、実際やってみればなんてことはない、魚を調理する過程だ。
小さい頃から母の後ろで魚を調理するのを見るのが好きだった。
基本的に肉より野菜、肉より魚!というちょっと今頃では珍しいのか、言ったら驚かれる我が家の食事はやっぱり魚料理が食卓にあがる回数が多かった。
家に帰って、あの魚独特の生臭いつんとするにおいが嫌いなのに、そのにおいを犬のようにかぎ分けては、吸い寄せられるように台所に行って母の後ろで魚を捌く様子をじっと眺めていた。
それは、母が職人のように洗練された手つきですいすいと切る様が、まるでおとぎ話に出てくる世界を作る神様の手のように見えたからかもしれない。

「錫也ー、わたしお魚食べたい」
「はいはい、今日も魚料理か」
「なによう、嫌なの?」
「いや、別に?」
「じゃあ、はやくはやく」

急かすように錫也の背中を押すと、台所に錫也を連れ込み冷凍庫からあらかじめ取り出して解凍しておいたサバを錫也の前に用意した。

「なんだ、もう解凍してたのか」
「うん」

錫也は料理においてはたいていなんでもできるから、わたしはアシスタントみたいな役割になってしまったのは結婚してそう月日のたたない時からだ。

「おまえ、俺が断らないって思って用意してるんだから、用意周到だよ」
「いやあ、ほめてもらうと照れるなあ」

褒めてないんだけどなあ、と呆れたように笑う錫也はぽんぽんと子供のようにわたしの頭を撫でると、それじゃあ今から作るからエプロン着けておいで、とわたしの背中を押してエプロンを取りに行かされた。ずぼらな私はエプロンなんてつけなくてもいいんじゃないの?と思うけれど、錫也いわく、エプロンをつけない人は台所に入れませんと怒るから、しょうがなしに着けるしかない。

「はい、つけたよ」
「よしよし、じゃあ始めますか」
「うん」

くるりと回ってつけたことをアピールすると許可が出たので台所に踏み込む。しっかりと手を洗えば、もうすでに錫也は包丁を取りだし、魚はまな板の上でぐったりと横たわっていた。

「今日はなににしようか」
「味噌煮!」
「おまえ、味噌煮好きだなあ」
「うん!」

にこにこにこ。そう形容してもいいくらいわたしの頬は緩んでるのが分かった。サバの味噌煮を作るためにそのサバを買っておいたのだ。なんて、錫也にはお見通しなのだろう。だから、なにも言わずにじゃあ、サバの味噌煮な、といって魚に手をかけた。
結婚した当初、錫也はもともと料理上手なのに、おれはお前の喜ぶ顔が見たいんだ、とうちの母に魚料理において全て習っていた。だから、錫也の料理の味はおふくろの味というわけだ。男の人の料理がおふくろの味とは何とも変な話だが。

「お前も切るか?」
「んーん、いい。錫也が切るの見たい」

じっと錫也の手元を見つめていれば、聞かれたそれにわたしは首を振った。錫也は少し困ったような何とも言えない顔で「俺が切るの見ててつまらなくないか?」と言ってきた。そんなことないんだけどなあ。でも、魚を切るのを見るのが趣味とは何ともグロテスクでまだ錫也には言えない。それを言えるのはまだもう少し先だろう。だから、「大丈夫、魚も錫也に切られると本望だと思うよ?」と言ってごまかすしかなかった。

「はいはい」

錫也は料理を再開した。母のように力を入れなくても男の人の錫也がやるといとも簡単に魚の頭も肺も心臓も腸も肝臓も外されていく。それはわたしが幼い頃に見た母のようにも見え、しかし、より洗練されたものにも見えた。まるでその手を一振りしただけで世界を作ってしまった神様みたいだ。

「ほら、あとはこれを煮るだけだよ」

ハッと気付いた時には大型スーパーでよく見られる形に切り分けられており、本当に調味料を入れて煮れば完成という状態になった。

「じゃあ、煮込みましょー」

調味料を錫也の言うとおりに入れればもう本当に煮るだけとなった。だから、火を弱火にしてことことと煮る状態にすると、錫也とわたしは道具を片付けていく。隣り合っているからカチャカチャと食器を洗えばお互いの腕はさらさらと擦れ合う。「わたし、錫也の料理してる姿、好きだな」さらさらさらさらと数回腕が擦れあってぽつりと呟く。

「は?」
「だから、錫也の料理してる姿が好きだなあ、って」

急になにを言うのか、と錫也の顔に書いてあった。自分でもなんで言っているのか分からないけど、ただただ、言いたくなったというのが正しい。たとえば、さきほど急に魚が食べたいと言った、そんなん感じだ。
もしかしたら、頭のねじが一本抜けたのかも知れない。
錫也が綺麗に魚を切っている姿に惚れ直してしまった、といえばいいのか、わたしの目には錫也が魚を捌いてい姿が焼き付いて離れなかった。ああ、でもこれじゃあ、ねじが一本抜けたのではなくて、抜けないようにその錫也の姿が写った写真を脳に釘で打ちつけたというのが正しい気がした。

「うん、錫也の事をほれなおしましたってことかな」
「なんだそれ」

やわらかく、錫也は笑う。

「ふふふ、錫也はわかんなくていいんですー」

ことことこと。鍋の中で神様によって作られた魚は踊って時間をかけてどんどんどんどんおいしくなっていく。時をかけて、じっくりと。それはまるで将来の自分と錫也のようで嬉しくなった。


「お魚唇」様に提出


110430/死魚が足掻いていたみたい
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