「おかえり、梓くん」
「ただいま帰りました」

電話越しじゃない先輩の声はクリアーに鼓膜を震わせて甘い響きを持って脳に届く。先輩に会うと日本に帰ってきたな、って思わされる。それは、今の僕にとって先輩がいる場所が僕の帰る場所であるからだと僕自身が思っているからだろう。だから、ほんとは抱きしめてキスして先輩がここにいるって確かめたいけど恥ずかしがり屋な先輩はそうすると怒るから家に帰ってたっぷりしてやろうと目論んだ。

「あのね、今日は梓くんのためにご飯作ったんだよ」
「ほんとですか?先輩の手料理久しぶりだから楽しみだな〜」
「じゃあ、いっぱい食べてね」

たわいない会話。部屋に着くなり、堪え切れないというように口を開く先輩は僕の言葉に照れたように笑った。高校時代と変わらない笑い方なのに、表情はもう大人のそれで離れていた月日を感じさせられた。そんな先輩に、好きだという感情ともっと知りたいという感情があふれて。だから、それが伝わるように先輩の小さな手を掬って離れないように先輩の指と僕の指をからめて頬にキスすると先輩は面白いくらい簡単に真っ赤になった。変わらないところを見つけてほくそ笑む僕。きゅう、と繋いだ手に力が入って、僕の手にすっぽりと収まってしまう先輩の手は何て小さいんだろうと思った。

「あ、あず、あずさくん!」
「あはは、先輩真っ赤ですね。かわいい」
「と、年上をからかうんじゃありません!」
「え?どこに年上がいるんですか?」
「もう!梓君!」
「あはは、冗談ですよ、先輩」
「もう、また冗談って、梓君のばか!」

ぷいっとそっぽを向く先輩はちっとも僕の方を向いてくれなくなってしまって、ああ、少しからかいすぎたかもしれないと思った。少し反省。それでも、先輩はつないだ手を離さないもんだから、愛しくなって僕は先輩をからかいたくなってしまう。ああ、僕ってやっぱり矛盾している。

「先輩、僕の方を向いてください」
「……」
「せーんぱい」

せっかく帰ってきたのに、先輩がこの調子じゃあ僕の述べ数時間のフライト時間も報われない。どうにかして先輩を振り向かせたいと考えて、星月学園にいた頃とあまり変わらない自分の様に笑いがこぼれた。
たぶん、いや、きっと、先輩という人に対して、僕は成長できないのだろう。

「先輩」
「……なに?」
「先輩」
「もう、なに?!」
「そんなに怒らないでください」
「…怒ってなんか…」

そっぽを向く先輩のつむじがはっきりと簡単に見れることに今では当たり前のことなのに、確かに自分の成長を窺えるところだなあと思う。

「怒ってないならこっち見てください」
「………」
「ほら、先輩」

子供をあやすようにやんわりと頭を撫でて、先輩の顎をつかんで顔をあげさせた。顎を掴まれたことにか、顔をのぞかれてしまったことにか、それとも僕の突然の行動にか、もしくはそのすべてにか。驚いた顔をする先輩は真っ赤な顔をしてパクパクと口を開閉した。餌を欲しがる池の鯉みたいだ。

「あ、ずさくん」
「せんぱい」
「……っん」

餌を欲しがるその唇に僕のそれを重ね合わせると、先輩の繋いだ手にきゅうっと力が入り苦しそうに顔が歪められたのを見て僕はさらに吸い付いた。肩を叩かれて終いにゆるゆると指の力が抜けて。やっと重ね合わせたそれを離した。

「機嫌直りましたか?」

肩で息をして、僕に凭れかかる先輩はもう機嫌がどうとかそんなこと頭に入ってなくて息を整えているだけだろう。「そうですか、直りましたか」

だから、先輩が言葉を発するのも聞かずに一人で納得して、一人で答える。どうせ先輩は今答えられないのだからどう考えようが僕の勝手だ。

「じゃあ、先輩。今度は僕の機嫌を直してくださいね」
「え、」

怒ってもないのにそう言って理由をつけて先輩を欲する唇。もっと、もっと。ぐっと引きよせて抱きしめて噛みついて、しばらく会えなかった分の先輩を僕は食べてしまった。





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