「鈴木〜!」
「陽日先輩、どうしたんですか?」
「今日映画見に行かないか?」
「あたし映画館嫌いなんですよね」


花乃子は陽日と行くのが嫌なのではなく、あのごちゃごちゃした感じとか、人が煩雑している雰囲気が苦手なのだ。
遠回しに断ると陽日特有のあのきらきらした太陽みたいな空気が陰ってあからさまにしゅんとした。


「う〜ん、じゃあ陽日先輩の家でどうですか?」
「俺の家?!」
「はい、ダメですか?」


目をぱちぱちとして驚く陽日に花乃子はコトリと首を傾げる。
すると、陽日は胸を張ってドンと叩く動作をした。


「いやダメじゃないぞ!どんと来い!」
「はい、じゃああたしがDVDを持っていきますね?」
「お、おう!」


目をきらきらさせる陽日に花乃子はふふっと笑った。



***



「ななな、なあ、鈴木」
「なんですか、先輩」
「一つ聞きたいんだが、どうしてこれなんだ…!」
「あたしが見たかったから?……あ、やられた」


そう花乃子がこぼした瞬間、グシャアと画面に血が飛び散る。ぽりぽりと目の前にい置いたポテチを口に入れながら冷静に言う花乃子。
反対にひくひくと引きつる頬に背中に垂れる嫌な汗を陽日は感じた。
これが冷や汗かあ、と思う暇もなく花乃子の声につられて見た陽日の視界に入る嫌な映像。


「あれ、陽日先輩ってホラー苦手なんですか?」
「にににに苦手なんかじゃないぞ!」
「じゃあ、いいじゃないですか」


うっと言葉に詰まる陽日。
そのあからさまな反応に陽日が苦手なんだろうなあ、と思った。


(でも、どんな種類がいいかは聞いてなかったし、悪くないよね)


だって、レンタルショップに行ってみても、恋愛モノは花乃子が苦手だしわざわざ陽日と見なくても、と思ったし、アクション物は寝てしまいそうだ。主に自分が。
そうなると選択肢はホラーになるわけで。


「最近でた新作みたいなんですよね」


そう言って見せたタイトルは『赤い糸』で。
まさか陽日もホラーだとは思っていなかったから、意気揚々とつけたらまさかのグロテスクなシーン満載のホラー映画。
ホラーファンも真っ青になって逃げる、なんてコメントがどこかの雑誌に載っていたなんて知らない陽日は文字通り顔を真っ青にして逃げたかった。けど、そんなことはできないのだ。
なぜなら自分は横で平然と映画を見ている彼女が好きだから。
今まで散々誘ってやっと得られたチャンス。
これを逃すことはできないのだ。


(さすがに、好きな奴の前で失態は見せられない…!)


ぐっと握りこぶしを握って気合を入れるも、目の端ににじむ涙は隠せていなかった。
そんなことを陽日が思っているなんて花乃子は知らず、ぽりぽりとポテチを口に入れながら、映画を見つつ陽日を見ていた。


「(苦手なら見なきゃいいのに…)」


この先輩はなんでも真正面に向かっていくから、逃げるということをしない。
そんなところに好意を持っているのだけれど。
それでも、これは少し可哀想かも、と思って花乃子は陽日に話しかける。


「先輩」
「うぇ、あ、なんだ、鈴木!」
「先輩、あたしこの映画とっても怖いんです」


真顔で、おいおい、お前怖いとほんとに思ってんのか、と問いただしたくなる陽日だったが、話を最後まで聞くことにした。


「あ、ああ」
「だから、手を貸してください」
「は? 手?」


目の前に差し出された女の子らしい花乃子の手、それに疑問符が頭の中に浮かぶ。


「手をつないでくれると嬉しいんですけど」


その一言に陽日の頭の中にファンファーレとクラッカーが鳴り響く。


「お、おう」


ぎゅっと初めて握った彼女の手。
思っていたよりも小さくて柔らかかった。
陽日が幸せをかみしめているその横で、また映画を見だす花乃子。
その頬がほんのり赤いことを暗闇の中にいた陽日が気づくことはなかった。



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