朝早くの学園は、どこの学校でも見られるとおり人が少なく閑散としている。 けれど、学校の特別なカリキュラムのために田舎という立地条件であるこの学園は、都会とはちがい早朝の空気は爽やかすぎるほど爽やかで。 そのために閑散としてさみしいと思う人もいるが、そのことを私には願ってもない環境なのだ。 「よし、今日もがんばりますか!」 ぐっと背伸びをして新鮮な空気を取り込むと、のんきに歩き出す。 ――そうして、星月学園のたった二人しかいないうちの一人である女生徒は、校舎裏へと足を踏み入れるのだった。 *** その日、星月学園の三年生である金久保誉は朝早くの学校が開かれて間もない時間に校舎へと足を踏み入れた。 なぜだかぱっちりと目が覚めてしまい、二度寝をしようかとも思ったがそれもできず、それならば自主錬をしようと寮を飛び出した。 (いつもより早いけど。ま、いいか) そう思いながら、弓道場への道をさっさと進んで行った。 いや、進もうとした。 「……歌…?」 少し高めの男子では出すことの出来ない音域での歌。 それがどこからともなく自分の耳に飛び込んできた。どこから聞こえるのだろう。 そう思うと立ち止り、耳をすませた。 傍から見ると道の真ん中で立ち止まっていて、不審に思われるところだが、朝が早いため周りを気にせずに音に集中する。 どこから聞こえるのか。それが分かると、さくさくとその方向に向かって足を進めた。 歌は少し調子はずれした「チューリップのうた」だった。 *** せっせとペットボトルに水を入れて逆さにすると蓋の穴から水が降り注ぐ。 こんな作業をするのは数日前の早起きをした日が始まりだった。 ――遡ること5日前。 校舎の裏のほんの一角。 朝早く起きた花乃子は、そこに小さな花壇があるのを発見した。 なぜそこに花壇があるのか不明だが、ほんの少し前には正常に役割を果たしていたのであろう花壇には、どれが花の芽であるのか分からないくらい雑草が生えていて。 (…暇だし、雑草を抜こうかな) ほんの気まぐれ。 それがこの花壇に通うきっかけだった。 通いつめて三日目。 なんとはなしに雑草を抜けば、だんだんこの花壇に植えてあったであろう植物が等間隔で植えてあるのが分かった。 そして、四日目。 次は元から植えてあったであろう植物の周りの雑草を抜いていき、最後にはみっしりと生えていた雑草は無くなり、等間隔に生えている植物が残った。 更に五日目の今日。 持参してきたペットボトルで作った簡易じょうろをさかさまにして、花に水をかけた。 (よし、こんなもんかな) 水をやったことで土がしっとりとなったのを確認する。 「…なんの花かは分からないけど、咲くのが楽しみだなぁ」 自分でここまでやると、なんだか愛着がわいてきて。どんなのが咲くのかわくわくする気持ちを抑えられなかった。 早く咲けよ〜、とついつい歌まで歌う。 こんなことができるのも、朝早くで誰もいないからだ。 そろそろ教室に向かおうかなと思い立ち上がると、次に砂のかかったスカートをはたいた。 (あちゃ〜、土が付いちゃったよ…) 入学してそれなりに経つが、結構な泥の汚れが制服に付いているのが見て取れた。 むぅ、と眉を寄せてパタパタとはたくがなかなかとれない。 「はい、どうぞ」 「あ、ありがとうございます?…へ?」 思わず出されたハンカチを手にとって、後ろを振り返る。 (うわー、背が高いひと……) 青い髪の柔和な笑みを浮かべた人が後ろに立っていた。 梓と比べたらどれくらい差があるのかな、なんて失礼なことを考えていると、目の前の人に「あの」と話しかけられた。 「きみ、一年生かな?」 「あ…はい」 目の前の人物は花乃子の制服に付いている緑のネクタイを見るとそう問いかけてきた。 そういう彼はというと、青のネクタイをしていたので花乃子は三年生と判断した。 そう思うと緊張で少し背が伸びた。 「じゃあ、鈴木花乃子さん、でいいのかな」 「どうして、名前……」 「この学園じゃどうしても、ね?」 そう言ってほんの少し眉をさげるとくすりと笑った。 「ちなみに僕は西洋占星術科三年の金久保誉っていいます」 「…あ、天文科一年の鈴木花乃子です」 そして最後によろしくね、と言って手を差し出されたので慌てて握った。 ――かなくぼほまれ、先輩 目の前の優しい微笑みを浮かべる金久保先輩の名前をころころと口の中で転がすと、しっかりと噛みしめる。 「金久保先輩、はどうしてここに?」 「こっちから歌が聞こえたから、気になってね」 「き、聞こえてたんですか……?!」 うん、という笑顔の先輩を少し恨みがましい気持ちで見ながら、さっきまで自分やっていたことが恥ずかしくてしゃがみこんだ。 「あの、大丈夫?」 「…はひ」 そんな声が聞こえたが全然大丈夫じゃなかった。むしろ穴があったら入りたい気持ちになったけれど、これ以上失態は晒せないな、という思いでゆらゆらと立ち上がる。 ほんのり頬が熱く感じた。 「鈴木さんこそ、こんな時間にどうしたんですか?」 「えっと〜…」 なんといえばいいのだろう、そう思いながら視線を右往左往させていると金久保先輩の方が先に行動を起こした 「…ここに花壇なんてあったんだね」 「あ、はい。あたしも少し前に見つけたんです。…それで、雑草が凄かったんですけど、暇だったので抜いてたら止まらなくなっちゃいまして」 あはは、と乾いた笑いが零れるも先輩はぽかんとした顔でこちらを見ていた。 「金久保せんぱい?」 そう声をかけると、はっとした顔をしてからもとの笑顔を顔に乗せた。 「きみは、……いや、なんでもないよ」 はぁ、と気の抜けた返事をするとにこりと笑い、「それよりも」と少し真剣な顔をして続けた。 「誰もいないようだけど。…女の子が一人、こんなところにいるなんて感心しないな」 「う、……はい」 「次回からはきちんと気をつけること」 そういって、「ね?」と笑い首を傾げた金久保先輩。 (こんな動作が似合う人がいるなんて……!) 先輩に見惚れながら、こくりと頷くと先輩は満足げに笑ってさらりと頭をなでるとそこから去って行った。 なでられたそこに手を置くと大きな手の感触が残っていた。 (いい先輩、だなぁ) 110225宵闇の祷り |