春の陽気につられて、ここ星月学園では鳥も陽気に歌い、木々も青葉を風にそよがせていた。 それはもちろん、人にも例外はないようで。 「………ふわぁ」 ここにもひとり、芝に寝転がりながら風に前髪をさらわれながらも昼寝をしている人物がいた。 木陰からこぼれる木漏れ日は、春も終盤に差し掛かったこの季節には心地よい温度を運んでくれる。 学園の教育的の目的のためにも自然の多い星月学園では、自由奔放な人も多いようで、彼のように昼寝を楽しむ人物は一人や二人や三人。 とりあえず多くいるのだ。 そして彼もその一人だったりするのである。 「……おなかすいた…」 とうとう、お腹をすかせた羊が一匹、目を覚ましたようだ。 目の前を流れる雲が、彼の最近の大好物であるおにぎりに見えたり、から揚げに見えたり。 そう考えると、陽気な天気に誘われたのは彼だけではないようで。 彼のお腹にいる虫も騒ぎ始め、それを鎮めるために彼は起きると食堂まで歩き始めた。 (…錫也になにか作ってもらおう) *** バナナにシュガーにバターに卵、他にも薄力粉にベーキングパウダーを用意して。 それぞれを量り終えると順々に混ぜていく。 (うん、バナナはやっぱりおいしい) 残ったバナナのかけらを一口味見で食べると、もっちりとした触感の後にほんのりとした甘さが口に広がった。 バナナはくだものの王様なんて言葉をどこかで聞いたことがあったなぁ、と思いながらぐるぐるとボールをかき混ぜる手を止めることはなかった。 (うーん、触感を楽しむのにクルミとかレーズンとか入れてもよかったかも…) そうはいっても材料はないのだからしかたがないか、と思いつつそばに置いておいたレシピに走り書きで「レーズンもしくはクルミ」と書きこんでおいた。 次回作る時は入れよう、と思うと混ぜる手を止めてカップの準備をし始めた。 今回はバナナのカップケーキなので結構な量が作れるかなぁ、と思いカップを用意し始めた。 「ひーふーみーよー」と数えていき、出来るだけ多くのカップを用意して多めに作ろうと型に流しいれると、オーブンに放り込んだ。 (そういえば、誰にあげるか考えてなかった……) いつもはクッキーだったりケーキだったりするので、タッパーに詰めたりして人数をあまり考えていなかったのだが。 今回はカップケーキなので久しぶりにラッピングしようかと考えていたから、あげる人を考えなければいけなかったのだ。 後は焼き上がるのを待つだけなので、レシピの紙の余白に上げる人物を書きあげていく。 いつもあげる幼馴染の彼に、月子先輩は確実にあげるとなると、その繋がりで翼くん、金久保先輩と宮路先輩もかなぁ。 それにいつもお世話になってる錫也先輩も。 (あとあげるとしたら……) 「ねぇ」 「……あ、はい」 突然の呼び掛けに思考を中断して声が聞こえた方を見ると、すらりと背の高く、それにてっぺんからのあほ毛の特徴的な人がいた。 (あれ、この人って…) 「錫也知らない?」 「…錫也って、東月錫也先輩のことですか」 「錫也って言ったら、錫也に決まってるでしょ?」 「……はぁ(なんか理不尽!)」 当然とばかりに、言う彼にほんの少しの理不尽さを感じつつもキッチンの中に視線を投じた。 キョロキョロとあたりを見渡すもそれらしい人物も見当たらず、朝から見ていないのでそのことを伝えると、少し残念そうに肩を落とした。 「まだ見てませんけど」 「……そう」 心なしか頭のあほ毛がうなだれた気がした。 「あの、カップケーキ作ってるんですけど、いりますか?」 迷惑かなぁ、とも思ったけど、最近の錫也先輩の話題に出てくる「よく食べる友達がいて作りがいがあるんだ」と言われていた友達は彼のような気がしたのだ。 それに。 (ここまできて錫也先輩を探す人って、たいていお腹すかせてるんだよなぁ…) 案の定、彼もそうだったようで「ほんとう?」と言って目を輝かせてきた。 それに合わせたように、レンジも完成を知らせてきたので、こんがりと焼けたバナナのカップケーキを取り出した。 うん、今日もおいしそうにできたな。 「はい、熱いですけどどうぞ」 「Merci」 少し冷ましたカップケーキをとり出せば、ひょいっと受け取り、彼は食堂を去って行った。 去っていく背中が見えなくなると、名前を教えてもらってないことに気付く。 (ま、いっか) 不思議とまた会える気がするのだから。 そうして、「よし」と気合を入れると目の前のカップケーキを包む作業に取り掛かった。 今から包んで、届けて。 やることはまだまだたくさんあるのだ。 おなかをすかせた羊が一匹、ご飯を求めてやってくる。 そんな羊のために少女が一人、お菓子を用意して待っている。 こんな光景がよく見られるようになるのは、後もう少し先のことである。 110302/某様 |