しんしんと降りつもる雪は冷たくて、思わず触れたくなって防寒のためにつけていた手袋をとって、前に出す。暗闇の中に浮き上がる冷たくて白い塊は手にあたるとすぅっと溶けて消えていった。冷たくてひんやりとした感触は今の状態が現実であると教えてくれる。
 家の近所の公園にきてベンチに腰かけて空を見上げるわたしと梓。
 傍から見たらこんな寒い日に外に出て空を見上げてるなんてただの物好きにしか見えないのだろう。
 じっと座っているだけでじわじわと冬の冷たさが、体中を侵食していった。

「ねぇ、梓」
「なに」
「星、見えないね…」
「当たり前でしょ」

 今日の夜空は見上げてもあまり星は見えない。その理由を梓は呆れたようにため息をついて「曇ってんだからさ」といった。確かに当たり前すぎる理由にそれにそれもそうだねと笑う。からからと笑うわたしに梓は「まったく能天気なんだから」と悪態をついた。隣には寒さで鼻の頭を赤くして、男の子にしては整った薄い唇から白い息を細く吐き出す梓。梓はそこらへんの女の子よりも可愛いと思う。男の子なのに女の子よりも可愛いなんてずるいなあ、と思うけどそれは梓と一緒にいるうちに諦めてしまった。
 たとえば今だってその様はまるで絵画のように一枚の絵になれる。『少年と雪』なんていいタイトルじゃないか。でもそんなことを言ったらセンスがないと貶されるか、バカにしたように笑われるので心の中にしまっておいた。
 今日はもともと久しぶりに会う梓と冬の大三角を見る約束をしている日で。でも、あいにく天気はくもり。全然天体観測日和じゃない今日は、ほんとだったら中止にして違う日に見に来ればいいのに梓に頼みこんで外に連れて来たのだ。
だって、一緒に見に来れる日が今日以外なかったから。梓に言ったら、ばかだなと笑って星なんていつでも見に来れるよとかいうと思う。

「(でも、来年もその先もきっと、梓とは一緒に見に来れないよ…)」

 わたしの心をもやもやと、まるで、今日の夜空のように雲が覆う。せっかく星を見に来たのに憂鬱な気持ちになるなんてバカみたいだ。

「僕といるのになんて顔してんのさ」
「うぇあ、」

 急に視界に入ってきた梓に驚いて後ずさるとその分だけ梓は近づいてきた。

「もうすこし女の子らしい声出せないわけ?」
「あ、ずさ、ち、近い!よ!」
「近くしてるんだから当たり前。それともなに?イヤなわけ?」
「うぅ、」

 嫌なはずあるわけない。でもはずかしくてしょうがなくって、間近にある梓の顔を見れずに言葉に窮すると梓はわたしの鼻をぎゅっと摘まんできた。突然のことで「ふぎゃあ」と出た声が変過ぎて、恥ずかしさからじたばた暴れるとやっと梓は手を離して「やっぱり、今日はいつもに増して変」と呟き、体を離した。そのやたらするどい梓の言葉には自分でも自覚があって、どきりと心臓が跳ねる。

「そんなに星見たかったわけ?」

不思議そうに言われた言葉に考えていることがバレていないと気づいて安心するとすぐに「うん」と頷く。どうしても梓と見に来たかったの。本来そう続くはずだった言葉は喉の奥に押しとどめなくちゃいけなくてぐっと堪えた。だって、言ったら敏い梓のことだからすぐに気付いちゃうから。
 なんだか、わたしの考えていることは梓のことばかりだな、とすこしおかしい気持ちになった。……梓は今なにを考えているのだろう。なにを思ってるんだろう。
そんなことばかりだ。
 そんなわたしなんてお構いなしに、梓の顔をを横目で見ているわたしに気づけば梓は梓らしい勝気のある笑みで「じゃあ、来年は見にくる?」と問いかける。
 その顔が、言葉が反則だと思った。口が金魚が水槽の中でえさを待つようにパクパクと動くだけで言葉に驚いて言葉が出ない。

「行きたくないの?」
「行きたい!…よ」
「じゃあ、決まりだね」
「うん、」

 もう頷くだけで精いっぱいなわたしに梓は「もう寒いから帰ろう」といって、立ち上がる。ほんとはもっと、星が見れなくていいから一緒にいたい。けど、時計を見たら中学生にしてはあまりにも遅い時間で、それに寒いから風邪をひいてしまうかもしれない。だから、もう帰らなくちゃいけないのだ。名残惜しいこの情景を脳に焼き付けるようにじっと見つめてからゆっくりと立ち上がるとまっている彼の目に早くしろとせかされた。急いで梓の横に並べば進もうとする彼を確かめるようにそっと近くにある梓の服の袖を握る。手袋を外した手から伝わる梓の羽織っているコートの表面は外の空気に冷やされて冷たい。

「ねえ、梓」
「なに」

 肩越しに絡む視線。ひらりひらりと横切る白い塊。

「星、見にいこうね」
「約束だからね」

 笑った彼と白い雪をわたしは脳裏に焼きつけた。



110402/舌

梓くんと引っ越しちゃう女の子の話