※もしも運命が塗り替えられていたらのお話






 わたしが泣いたら、会いにきてね。


「昌ちゃんいるー?」

 からからともらっていた合鍵で玄関を開けて中に一歩入るとおかしなことにシンとした空気があたり一杯を占めていた。「か、冠ちゃん、陽毬ちゃーん…いないのー?」あまりにもシンとした空気に思わず声を出すのも憚られて、そっと声を出すも誰も出てこなかった。
 おかしい。いつもだったら、玄関を開けたとたんに昌ちゃんの作った晩御飯のにおいと「いらっしゃい」という声が聞こえて、その後に続いて陽毬ちゃんが「来てくれたんだね。うれしい」と陽だまりのような笑顔で迎えて、冠ちゃん「寒いからストーブの前に座れよ」と招き入れてくれるのに。
 今日はドアを開けても昌ちゃんのおいしいご飯の匂いも、陽毬ちゃんの笑顔も、冠ちゃんの優しい言葉も、なにもかもが抜け落ちてしまったかのように聞こえなかった。

「昌ちゃん、冠ちゃん……陽毬、ちゃん」

 彼らを呼ぶ声が無機質な壁に吸い込まれて聞こえなくなる。呼んでも聞こえてこない返事がこんなにも心細くなるだなんて知らなかった。いや、前にもこんな風に三人がいなくなってしまったんじゃないかとふあんになったことがあったんだ。でも、それがいつか思い出せない。
 三人のいない空間はまるでお通夜のように真っ暗で、どこかそら恐ろしい。温まっていない空気が頬をうって、長いこと三人がこの家にいないことを知らせていた。
右を見ても左を見ても、見当たらない三人に世界に一人ぼっちにされてしまったように途端に悲しくなってほろほろと涙が瞼を閉じるたびにこぼれるのにも気づかずに泣いていれば、ポッケの中で存在を主張するようにぶるぶる携帯が震えた。

「………もしもし?」
「あ!もしもし、僕だけど。今どこにいる?今日三人で出かけてて。いま、冠馬と陽毬と一緒に君の家の前にいるんだけど、」
「…昌ちゃん」

 耳を押し当てるとほっとする昌ちゃんの声が聞こえた。昌ちゃんの後ろから「どこにいるのか分かったの?」という陽毬ちゃんの声と「どーせあいつのことだから寝てんじゃねーの?」と意地悪なことをいう冠ちゃんの声が聞こえてくる。「もー、兄貴ってばすぐそういう意地悪を言うんだから…嫌われても知らないよ?」「うっせーなー。ダイジョーブだよ。そいつはそんくらいで嫌いになったりしねーし」「ふふ、冠ちゃんも素直じゃないなー」その三人の声に安心してゴオゴオと音が聞こえるんじゃないかってくらい、涙が流れてくる。

「しょーちゃん、いま、どこぉ…?」
「だから家の前、って、え?もしかして泣いてる!?」

 慌てた昌ちゃんの声が聞こえてきて、「ねえ!どこにいるの?今から行くから!」と言う彼に情けないやら涙にぬれた顔を見せたくないという思いやらが一緒くたになりながらも、どうにか「昌ちゃんの家の中」と答えれば、昌ちゃんは「そこを動かないでね」とだけ言って、携帯を切った。その途端に無機質な音が耳にこだまする。目まぐるしい展開にぼろぼろ洪水のように流れていた涙が止まって、次に握りしめた携帯が震えてでると冠ちゃんの声が鼓膜を揺らした。「おい、昌馬のやつ、走っていったからまってろよ」「……うん」「それまでさ、俺が携帯つないでやるから」「うん」「これで寂しくないだろ」「うん、」昌ちゃんよりもほんの少し低い冠ちゃんの声がじんわりと胸にしみるように届いてきた。「冠ちゃん、」「ん?」「…ありがと」「おう」優しい相槌のあとにふっと笑う声が届いて耳がじんわりと熱を持つ。ぐずぐずに濡れてしまった顔も袖で拭くと、今に、ここに駆けこんでくる昌ちゃんに少しでもいい顔を見せれるように努力した。昌ちゃんが駆けこんできたら、なんて言おうか。
 でも、一番に言いたいのは感謝の言葉かもしれないと、あと少ししたら聞こえてくるであろう彼の足音と、冠ちゃんの声をBGMに玄関にしゃがんで待つことにした。




title by へそ

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