わたしの中の男ってのはむさい、汚い、暑苦しい。この三つで固められている。
そもそも男兄弟の中で育った私にとってしてみれば、男の子に対して幻想を抱いたりすることなんてありえない。だいたい、集まればバカなことしか考えてないし、スケベで変態だし、もうとりあえず邪まなことしか考えてないに違いない。

「と思うわけよ」
「………はあ、」

缶チューハイ片手にうだうだと語れば、目の前に座った一十木音也くんは生返事を返した。
一十木音也といえば、今をときめく歌って踊れるアイドルグループST☆RISHの一人だ。兼わたしの幼なじみの男の子だ。どうして忙しいはずの彼とともにいるのかというとわたしが缶ビールとチューハイを持って一人暮らしの彼の家に上がり込んだからだ。

「だいたいさー、どうしてさー」
「……」
「……っく、あんのヤロー浮気しやがって!!なーにが、お前には女らしさがないっつーの!お前のほうが男らしさがちっともないんだっつーの!」

よみがえった腹立たしさにバン、といって机に缶を持った手を強く机に叩きつけると缶の口から飛び出た液体がドプリと中から飛び出した。幸い服にかかったりしなかったものの机に広がるお酒と音也の呆れた顔。「あーあー、もう」そういうと慣れたように音也は台所に引っ込んだ。

「……こっちがどんだけ努力したかも知らないで…」

ジャージャーと水道を流す音が響く部屋にわたしの声が転がる。今度こそ好きになれる人だと思って苦手な料理をしたのに。そのせいで指に増えた絆創膏を見ながら呟けば、胸の中にぽっかり空いた穴にひゅうひゅうと風が吹くような寂しさにぎゅうぎゅうと心臓が締め付けられたような苦しさが加わった。…みじめだ。

「はい、のいてー」
「んー…あんがと」
「はいはい」

フキンを片手に戻った音也は慣れたように机を拭いていく。こういうのを音也にやらせるところが女の子らしくないところなのかもしれないのだろうか…。
思えば、音也は一度もわたしにそういうことをしろだとか言ったことがなかった。

「あーあ、わたしってば女らしさなんてどうせないんだよなー」
「そんなことないよ」
「じゃあ、なにかある?」
「うーん。あ、朝の寝起きはいいよね」
「…音也はいいお婿さんになるよ」
「…もう酔ったの?」

首を傾げる音也は確かにアイドルというにはふさわしく、犬みたいにかわいい。

「酔ってないよーだ」
「酔っ払いはみんなそういうってトキヤが言ってたよ」

そういって笑う音也がなんだか知らない人みたいに見えて「誰だよトキヤってー」とおどければ「ほら、俺と同じグループの」といってCDのカバーに映った青い髪の彼を指さした。きらきらと眩しい笑顔を振りまいてる音也に視線がいく。きらきら、きらきら。アイドルな音也。みんなの音也くん。幼なじみじゃない音也。

「あー、見たことあるかも」
「どうせ送ったCD聞いてないんでしょ」
「…あー聞いたよ聞いた」
「うそ」

ぱたぱたと手を振って言えば、あっさりと見破られて「嘘つくときに目をそらす癖治ってない」と指摘された。…幼なじみってのは厄介だ。

「いっつも渡すのにさー、どうして聞いてくれないの?」

そう唇を尖らして拗ねるようにする音也は昔とちっとも変っていないはずなのに、どうしてだか、一線の見えないラインがあるように思えてならなかった。いや、わたしが真っ白なラインを彼との間にひいてしまったのかもしれないと思う。
音也が最初にデビューした時には自分のことのように嬉しかったことが、今では綺麗な女優さんやアイドルの女の子と話してるだけで、ひどく醜い感情が自分の中を埋め尽くすのが分かった。だから、見えないようにその感情に蓋をした。がんじがらめに鎖を巻いて大きな南京錠をかけて。でも、もしも音也が歌った歌を聞いてしまったら、その鍵が外れてしまいそうで怖かった。
彼がわたしのことを幼なじみのようにしか見ていないことが分かっていたから、なおさら見ないふりをした。
男ってのはむさい、汚い、暑苦しい。
けれど、音也は違う。彼のことをそんなふうに思ったことは一度たりとてなかったのだ。だって、わたしは音也のことが――――いや、この先は考えないでおかなくちゃいけない。

「だって、聞くのがめんどくさいんだもん」

そういってごまかすしかない。
もう一度鍵の確認をした私が缶チューハイを煽って笑えば、音也は「ずるいな」といって眉を下げて笑った。



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