神無月。暦では十月を神無月というのだそうだ。神様のいない月。ということは今日は神様がいないということで、たったいま、わたしの傍に神様がいないということなのかもしれない。オウマイゴッド!

「似合うよ。先生に見えないくらいには、ね。琥太にぃ」
「ああ、似合ってるな」
「おお、おまえは結局メイド服か!にあうぞ〜」
「そ、そんな大きな声で言わないでください!」

慌てて陽日先生の口をふさげば、もごもごと文句を言うように口を動かしているのでしょうがなしにおずおずと塞いだ手を離した。

「っぷは!死ぬかと思ったぞ!」
「陽日先生、泣いてもかわいくありませんよ」
「お、おまえな〜星月せんせぇ〜水嶋に何とか言ってやってくれよ〜!」
「おい、これうまいぞ」
「……星月先生…」

うわーんと泣きだす陽日先生に、それを宥めようともせずに笑いながらそれを見ている水嶋くん。それに、星月先生はといえばそれを気にもせずに東月君の作った料理をおいしそうに頬張りながら、わたしのほうを見て「おまえも食ってみろ」と言ってきた。

「…いえ、遠慮しておきます」
「そうか?」

首を傾げてうまいのになといって皿を自分のほうに引き寄せるとまたもぐもぐと食べ始めた。だいたい、星月先生はただの教師という名がつくのに、そのわりには優雅に食べる人だと思った。さらりと肩からこぼれるいつもだったら結ってある髪は、めんどくさがりなせんせいらしく保健室にある包帯を巻いただけ格好をするのかと思ったらちゃんとした吸血鬼の仮装をしていて、それに似合うようにほどいてあり、月明かりに照らされてきれいな人だなと素直に思う。
水嶋くんは、猫好きな彼らしく猫耳をつけて狼男、陽日先生はミイラ男のようでぐるぐるとそこかしこに包帯を巻いていた。普通男の人が猫耳をつけるというのを見るとなると、微妙な気持ちになるのに水嶋くんがつけると不思議なことに似合ってしまうんだから、彼はとても美人さんだなあと回りに美人な男の子がいて麻痺してしまいそうになる感覚の中でそう思った。

「ん、なに?僕の顔に見惚れた?」
「いえ、水嶋くんは美人だなあと思って」
「ははっ、君に言われるとどうしてかなあ。…素直に聞けるんだよね」

後半に言われた言葉が耳に届かなくて首を傾げると、気にしないでとでも言うように、水嶋くんはその長い指でわたしのヘッドアクセの付いた頭の上から髪型が崩れないようにそっと叩く。その顔がいつもと違って意地の悪いものじゃないから思わず戸惑ってしまうのだけれど、どうしてだかその手が払える気になれなかった。
そのまま落ち着かなくてそわそわしていると、遠くのほうから夜久さんが突撃してくるという言葉をそのまま体現するように、こちらに向かって手を振りながら駆け寄ってきた。

「先生!」
「夜久さん!」

ふわりと彼女自身が光っているかというように夜久さんはきらきらと内からの光で輝いて見えた。いや、実際にはそれなりに明かりがともっているので暗いわけではないけれど、彼女がこの空間では浮き彫りに見えるほど目立っていたのだと思う。そんな夜久さんはというと魔女の格好のようで、彼女にはとても似合っている仮装だと思い素直に褒めると頬を真っ赤にしてありがとうございますとそれはもうとびきりの笑顔付きで喜んでくれた。生徒のこんな笑顔が見れるときに教師をやっていてよかったなあなんて気持ちになるけれど、それがハロウィンでなんて少し残念な気もしなくもない。どうせなら、普段からもこんな笑顔を見れるように頑張らなくてはいけないななんて気持ちも新たに夜久さんのほうを向くと、彼女はまたとびきりの笑顔を持って爆弾を投下した。「先生はメイドさんなんですね!かわいいです!」なんて言って。

「…あ」

今更ながらに、自分の格好に気付いて火が出るほどに恥ずかしくなった。そもそも、教師になって一年という短い期間では羞恥心というものはそれなりにまだ持っており、普段とは真逆という格好がまたなんだか恥ずかしい。それに、この異様な空間に慣れてきたためにまざまざと自分の格好に気付くと恥ずかしさが倍増した気がした。それも、教え子の前というのがさらに恥ずかしい。

「いや、あの、」
「月子!どこに行って……あ、先生だ」
「ほんとだ。おーっす、先生」
「突然走り出してどこに行ったのかと思えば、先生のところか」
わたしがどう返していいか悩んでいると後ろから聞こえた声に振り向いた。夜久さんの幼なじみという土萌君に七海くんに東月君だった。彼らも仮装をしていて各々自分に似合う格好をしていてなんだか、いよいよハロウィンパーティーという感じが出てきている。七海くんは水嶋君よりもさらに本格的な狼少年で土萌君は真っ赤な髪に生える黒い帽子をかぶって海賊船の船長の格好だし、東月君はそれこそ驚きのシーツを巻いて頭に王冠をかぶった簡単な仮装でゼウスの仮装だった。

「おまえなあ、急にいなくなるから心配すんだろうが」
「あ、ごめんね哉太」
「もう哉太ってば!ぼくの月子をいじめないでよね」
「誰がお前のだ!誰が!」

そういって月子ちゃんを挟むようにして喧嘩し合うふたりを眺めていると東月君が隣にやってきて先生もいりませんかと言って片手に持っていたバスケットの中からクッキーとカップケーキとマドレーヌの三点セットのお菓子袋を差し出してくれた。

「え、これってどこかで買ったとかってわけじゃないよね」

あまりにもきれいな出来に思わず彼の趣味が料理ということを思い出しても確認したくなってしまって、まじまじと見てから問えば、彼は照れくさそうに「いちおう、俺が作りました」といって頬を掻いた。それが、やっぱり本当なんだなあと疑っていたわけでもないのに納得してしまって思わず感嘆の声が出てしまった。最近の男の子はこんなことも出来るのか、と。こんなんじゃ、わたしは女性として失格ではないのかとさえ思ってしまって学校に来てそんなことを思うことになるとは思ってもみなかったことだった。


それでも、東月君の作ってくれたお菓子は涙が出そうになるほどおいしかったのだけれど。…あ、訂正。ほっぺが落ちそうでした。



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