なんだかんだで、この日が来てしまうだなんて。月日がたつのはとてつもなく早いなあ、と思った。大学に入って会わなくなってしまったスーツを新調して、足を踏み入れるとそこはとてつもなく大きな私立の高校だった。

「おっきー…」
「そんな間抜け面して立ってたら、バカだってバレるよ?」

隣で首を傾げる先輩の長い足を心底蹴りたくなったけど、それを押さえて口を閉じた。

「だって、先輩ってばこんなに大きなとこだって教えてくれなかったじゃないですか!それに、こんなに田舎だなんて…」
「星がきれいに見えるって言っただろ?それくらい視野に入れておくべきだよ」

先輩の言い分もごもっともなので、大人しく口をつぐんで先輩のあとをついて行く。大きな荷物を持っているわたしに「とりあえず、こっから近い場所に荷物を置いてこう」と言われたので、重い荷物を両手で抱えて持っていった。最初は寮に向かうのかと思いきや、遠いので、先に学校のほうに荷物を置いて、その後に案内をしてくれるようだ。
なんだかんだいっても、先輩のこの気の回し方のうまさは少しだけ尊敬する。

「入るよー」
「お邪魔、します?」

ノックもなしにプレートに保健室と書かれた場所にずかずかと入り込む先輩に付いておそるおそる踏み込むとごちゃっとした保健室の中が見えた。あれ、保健室ってこんなに汚いっけ…?そう疑問が浮かんで扉の所に立ちつくしているわたしに対して先輩はカーテンの引かれたベットに近寄りシャッとカーテンを開けて中を覗き込んだ。先輩!ダメですよ!なんて、叫ぶ勇気もないので、黙って様子を見ていると「…寝てる…」と先輩は呟いてくるりとこっちを振り向いた。それにびくりと肩が揺れる。

「とりあえず、荷物はそこに置いて」
「あ、はい」

ソファーのかろうじて開いている場所に荷物を置くと先輩は「じゃあ、行くよ」といって、保健室の開けっぱなしのドアから廊下に出た。

「今はまだ生徒がいないけど、午後になったらたぶん増えるから」
「はい」
「今確実にいるとしたら、生徒会と弓道部とかの運動部に三年の受験生、それに、」
「あー!もじゃがいた!」
「あ、まてってば、」

先輩の声を遮って誰か男の子の声が廊下にわんわんと響いた。もうひとつ男の子の声がしてばたばたと後ろからかけてくる音がする。それに後ろが気になったけれど、わたしは話すのをピタリと止めた先輩の顔が気になって覗きこんだ。

「せんぱ、」
「会計君、その呼び方はやめてって言ったよね?」

静かに怒って振り向いた先輩に口を閉じてポカンと見送った。先輩が怒る姿がなんだか教師みたいでびっくりしてしまった。いや、まあ教師なんだけれど。

「ぬはは〜!だって、もじゃめがねはもじゃめがねだぬ〜ん!」
「翼!こら!先生に失礼なこと言わない!」
「え〜、だって〜!」
「だってじゃないだろ!」

はっと、気付いて声がもれそうになる口を両手で閉じた。横で眉を吊り上げる先輩にも、呼吸を忘れてしまったような自分にも、涙がこぼれそうな瞳にも、わたしは気にすることができなくて耳が、全身が、体中の感覚が、全てあの独特な話し方に向いていた。気のせいかもしれない。声だって、あの頃と違って低くなっていて――

「ところで、こいつだれだ?」

体の感覚が向いていた声がしてびくりと体が震えた。違っていたら、どうしよう。

「吉野?」

水嶋先輩が変に思ってる、と思ってゆっくりと体の力を抜いてすーはーと深呼吸をして涙を引っ込めると後ろを振り返った。

「え、」
「…ひさしぶり、翼くん。大きく、なったね」

思い描いたより、もっともっと大きくなった体の上、前髪を止められたまあるいビー玉の着いたゴムがそこにあった。
ほらね、また会えたでしょ?
翼くんは気づいてくれただろうか。



驚いている先輩も翼くんの隣にいた男の子も気にならないほど、わたしは満ち足りていて、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる体がひどくあたたかかった。


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