どれくらいそうしていたのか時間の感覚があいまいで、分からない。ただ、翼くんとわたしの間にあった温度差というものは薄れていて、一つになったみたいにじっとりとした温もりがあった。

「おれ、引っ越す」
「え…?」

ぼぅっと川が流れているのを見送っていると耳に飛び込んできた翼くんの声がなにを言っているのかはじめは分からなかった。

――オレ、ヒッコス

ひっこす、いや、引っ越す、と翼くんは言ったのか。そう理解した時には翼くんはわたしから体を離してじっと下を俯いて地面を見ていた。いや、見ていたといってもぼんやりとしていて見ているのか定かではないけれど。わたしと翼くんの間を吹く風が妙に涼しく感じた。
翼くんが、ここからいなくなる。それに、そうか、とすんなりと納得しているわたしがいる。わたしはきっと翼くんがここに長くいないような気がしていて、さっき脳裏をかすめた『翼くんがいなくなってしまうのではないか』という不安も、きっとこれに基づいていたのだ。
わたしは、もう高校生で、転校してしまったり、二回も卒業式と入学式をしてしまって、どうしようもない出会いも別れも経験していた。きっとここに転校してきた翼君だって、きっとそのことにすんなりと納得をしているのかもしれない。

「さびしく、なるなあ」

翼くんがぱっと顔をあげたのが分かったけど、前髪が目にかかっていてまったく表情がつかめなかった。「翼くん、」そう問いかけると翼くんの宝石みたいなエメラルドの瞳が髪の間からのぞき見えた。それにそっと笑って自分の髪に結んでいたまあるいビー玉の付いた髪ゴムをとって翼くんの前髪を結んだ。

「ふふ、似合ってるよ」
「ぬ、あ…」

なにをされたのかいまいちよく分かっていなかった翼くんがそっと壊れ物に触れるように優しく手を伸ばした。ようやく、自分の結ばれた前髪を弄うとなにをされたのか分かったのか翼くんはおずおずと手を引っ込めて「にあう、か?」とたどたどしく聞いてくる。

「うん、とっても」

それに泣きそうだった瞳をさらにゆがませると翼くんは「そっか、」といってゆるゆると笑った。いつもの翼くんに比べたら、弱弱しかったけれどその笑い方が翼君らしくてわたしの頬をあたたかいものが滑ったのが分かった。でもね、翼くん。また会えることだってあるのかもしれないことを君はまだ気づいていないのかもしれないね。だから、そのことに翼くんが気づいてくれますように、ってわたし思ってるね。



だから、わたしね。さよならじゃなくて、またね、がいいな?


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