あの時のサムライレッドはどうにかこうにか草の先に引っ掛かっているのを見つけることができた。見つかったときのわたしの喜びようはすごくて、泥んこなのも忘れて男の子に抱きついてしまったほどで。男の子が暑さで顔を真っ赤にしていたからすぐに離れたけど。今では二人で見つけた赤いヒーローは誇らしげに男の子のランドセルにぶらぶらとぶら下がっている。
そして、人間というものは何かを一緒にやって達成感が生まれると仲良くなれるもので、あれからというもの時々このあたりで会う男の子とはなんとなくたわいない話をするようになり、いつからか、懐かれたとでもいうべきか、出会うと突進するように飛びついてくるようになった。男の子はスピードをあまり緩めないのでぶつかられるとお腹に彼の頭がぶつかってきて苦しくなるが、それでもまるで年の離れた弟ができたみたいで、そのことにわたしは嬉しさを感じていた。ただひとつ、問題なのが、

「凛子!」

お姉ちゃんをつけて呼んでくれなかったりすることである。

「翼くん、"おねえちゃん"はどこにいったのかなー?」

どしーんという勢いをつけて飛び込んできた翼くんを受け止めて、ぐにぐにとやわらかい頬を摘まめば「いひゃいのら!」といってうるうるとした瞳をこっちに向けてきた。痛くしてるのだから当然なのだけれど。ぱっと手を離せばぱちんと頬は元に戻り、その頬はほんのりと赤い。男の子もとい、翼くんは「ぼうりょくはんたいなのだ…!」と頬を押さえてなにやら訴えて、もとい叫んでいたけど聞こえないふりをした。

「で、今日はどうしたの?」

屈んで問いかけると翼くんはころりとすぐに機嫌を直して「今日は凛子に発明品を持ってきたんだ!」と声高に言って頬を紅潮させる。

「はつめいひん……?」
「うぬ!」

たどたどしくわたしは言葉をなぞる。はつめいひんっていうのはあの発明品のことだろうか?あのアガサ博士だったり、お茶の水博士が作ったりするあの発明品だろうか。というか、誰が作ったんだろう?もしかして、翼くんとかいわないよね?だって、翼くんってば小学生だよ?ありえないよね。なんて考えている間に、翼くんはがさごそとサムライレッドのぶら下がったランドセルから物を取り出しているようだった。ちらりと見えたその中身に教科書がちっとも見当たらなかったのは、気のせいだと思いたい。

「じゃっじゃーん!」

翼くんが取り出したものをわたしに見えるように手の平を上に向けた。ころんと翼君の手の上に乗っているのは小さい物体だった。どう表現すればいいのか明確なたとえを持っていないけれど、例えるならば、太ったウサギ、が明確かもしれない。丸いフォルムに長い耳が生えていることからかろうじてウサギかなあ、と思うくらいだ。

「うさぎ……?」
「うぬ!」

そういえば、言い忘れていたけれど、翼くんは少し不思議な話し方をする。語尾に「ぬ〜」だとか笑った時に「ぬはは」だとか。それが、自分ではすごく気にしているのだけれど、やめることができなくて困るのだとか。わたしは可愛くて翼くんの雰囲気に合ってるからいいと思うのだけれど、本人はすごく気にしているらしい。いつかタイミングを見計らってでも「その話し方好きだよ」って伝えればいいなあ、とかたくらんでいる。といっても。いつになることやら、という感じだけれど。

「この間レッドを助けてくれたから、そのお礼!これ、凛子を思いながら作ったんだ!似てるだろ?ぬはは!」

誇らしげに胸を張る翼くんになんて言葉を返せばいいのか、すこし悩んでしまった。ひとつ、お礼で作ったってことは、これは翼くんが作ってくれたこと。ふたつ、わたしを思って作ってくれたなんてすごくうれしいこと。みっつ、わたしに似てるってどういうことだ。わたしはこんなに太ってないぞ。それとも、翼くんにはわたしがデブに見えるってことか。よっつ、やっぱり翼くんにはその笑い方がよく似合っているってこと。
少しの間でいろいろな考えが頭の中をぐるぐると台風のように駆け巡ってわたしの口から出てきた言葉はただひとつ。

「ありがと、翼くん」

これだけだ。
そっと壊れないように小さな手のひらにあるウサギを持ち上げると、翼くんがはにかんで笑った。

「大切にするね」

大切にしないわけがなかった。だって、これは一生ものの宝物だ。うれしい。うれしい。うれしいよ。そう伝わるように笑う。
…この気持ちは、伝わっただろうか?




目の前で照れくさそうに笑う翼くんがとても愛しく思えた。


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