かじかんだ掌に息を吹きかけると、隣から手が伸びてきて、手が攫われた。
「何ですこれ、氷みたいになってるじゃないですか」
 じんわりと伝わってくる体温にほぅ、と息をつき「梓くんの手は暖かいねぇ」と言えば呆れた顔をした梓くんに「どうして寒がりの癖に手袋をしないんです」と怒られた。どうしてって、そんなの愚問である。手袋をしたら梓くんと手をつなぐ口実ができないから。なんて単純。なんて明快な回答。けれどそんなことを言うのは何よりも恥ずかしい。だから口からは答えなんて飛びださずに(嘘をつくとかそういうことができないので)乾いた笑いが口を飛び出して笑って誤魔化すしかなかった。
「………ふぅん、」
 じとっと顔をのぞきこまれて、逃げ出したい衝動を抑えつつ目をそらすとほんのちょっと顔を顰めて(普通の人には分からない程度の変化だが)梓くんは何を思ったのかまた元のように寮へと歩き出し私の手を引いた。ぐんと引っ張られる体。けれどそれに反して思考の停止した頭の中では高速に嫌われた?それとも呆れられたのかな?と言ったことがぐるぐる回る。口からは白く濁った空気がもやもやと空に昇っていき雲の一部となる。素直じゃない。おバカ。そう自分で自分を罵るけど、幸いなことに梓くんは繋いだ手をそのまま離すことなく歩きだしていたのでまだ私たちの手元はつながったままだったし横顔を窺うと不機嫌そうには見えなかったのでちょっぴり勇気が出る。怒っては、いないのかな?…ぎゅ、ぎゅ。試しに軽く握ってみると返ってくる反動。今度はほんの少し強く握ってみる。そうすれば先ほどのような返しではなく代わりに「先輩って子供みたいです」と呆れたような言葉が振ってきて私の方を見ると眉を下げて笑った。可愛い…!…じゃなくて。「…違うよ、梓くんが大人過ぎるの!」むぅ、とそう反論するのに梓くんは聞き入れてもくれずに「はいはい」といってゆっくりとした歩調で歩き私の主張を流した。
「大体、隆文くんも言ってるよ。木ノ瀬は生意気だ〜って」
「え、何ですかそれ」
「え、隆文くんのマネ。分かんなかった?」
「…似てませんね」
「そっかな〜。颯人くんには似てますよってお墨付きを頂いたのに」
「いえ、青空先輩は優しいので社交辞令ですよ。ほんとに似てないので、もう二度としないでくださいね。……だいたいどうして犬飼先輩のマネなんて…」
「? う…うん。もうしない」
 思いのほか強めに言われて、その迫力に押されるように頷いた。ちなみに最後は小声で言っていたので何を言っていたのか聞き取れなかった。
「あ、でも」
「…うん?」
「どんな先輩でもかわいいですよ」
「な……!」
 そうやって爆弾を落とす梓くんにカット顔に熱が昇りポカンと口を開く私に梓くんは満足そうに笑い鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌になって私から視線を元に戻した。最近の子はこういうのが流行ってるんだ…。って、私も最近の子ですけど。…顔が熱い。ああ、手に汗かいちゃったかも。意識を現実からそらしつつ、繋がった梓くんの手に意識を戻した。
 それにしても、ぎゅっと繋がっている私の掌をすっぽりと覆う梓くんの手は温かくって骨ばっていてとても安心した。長い指にところどころにある肉刺が私の柔い肌を撫ぜる。好きだな。梓くんのこと。唐突にぽかぽかと暖かくなる胸の真ん中が梓くんのことを好きだと叫んでいるのが分かった。この雪のようにしんしんと降り積もっていく気持ちをどう伝えればいいんだろう。
「…なんですか?」
 繋いだ手をくん、と引っ張ればくるりと真ん丸な瞳と可愛いらしい顔が(梓くんに面と向かって言うと頬を抓られるので心の中だけで言うが)こちらを向いてどうしたのかと窺ってきた。紫色の、綺麗な目。なんだか見透かされてそう。今から言おうとする言葉にほんのりと色づく頬をマフラーに埋めて、息を吸うと上目で様子を窺いながら唇に言葉を載せた。



 



 生まれてきてくれて、ありがとう。っていうのは恥ずかしくて言えないので、心の中だけで囁いておいた。



mae|tsugi

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